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追放された私、廃墟を『修繕』したら伝説の竜が住み着きました  作者: 月雅


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第5話 精霊たちの楽園



 窓の外から、楽しげな歌声と羽音が聞こえてきます。


 チリン、チリン。

 まるで小さな銀の鈴を転がしたような、涼やかで美しい音色です。

 私はベッドの中で身じろぎし、重いまぶたを擦りました。

 昨晩はイグニス様の「寝床が硬い」という我が儘……いえ、ご要望にお応えして、彼の部屋の絨毯を最高級の肌触りに修繕していたため、少し夜更かしをしてしまったのです。


「……何の音でしょう」


 私はあくびを噛み殺しながら、ベッドを降りました。

 スリッパを履き、カーテンを開けます。

 朝日が差し込むと同時に、私の目に飛び込んできたのは、信じられない光景でした。


「えっ……?」


 庭が、光っていました。

 いいえ、比喩ではなく、物理的に光の粒子が舞っているのです。

 私の整備した家庭菜園の周りを、掌サイズの小さな光の球体がいくつも飛び回っています。

 よく目を凝らすと、それは透き通った羽を持つ、小さな人の形をしていました。


「精霊……?」


 思わず声が漏れます。

 精霊。大気中の魔力が濃い場所にしか現れないとされる、伝説の存在。

 王都の教会でさえ、一年に一度、祭壇の奥で淡い光が見えるかどうかというレベルだと聞いたことがあります。

 それが、こんな庭先で、まるで虫のように大量発生しているなんて。


 さらに驚くべきことに、庭の隅にある大きな岩の上には、銀色の毛並みを持つ巨大な狼が座っていました。

 体高は馬よりも大きく、その瞳は知的な碧色をしています。

 伝説の魔獣、フェンリルです。


「おはよう、リゼット。朝から騒がしいな」


 背後から声をかけられ、私はびくりと肩を震わせました。

 振り返ると、イグニス様が不機嫌そうに髪をかき上げながらリビングに入ってきたところでした。

 相変わらずの腰布一枚という無防備な格好ですが、その整った肉体美には威厳すら漂っています。


「あ、おはようございます、イグニス様。あの……お庭が大変なことになっているのですが」


 私は恐る恐る窓の外を指差しました。

 イグニス様は欠伸混じりに外を一瞥し、鼻を鳴らしました。


「なんだ、雑魚どもか。我の魔力と、貴様の妙な修繕魔力に引き寄せられて集まってきたのだろう。虫と同じだ」


「虫だなんて……。フェンリルまでいますよ?」


「あれくらい、我にとっては子犬も同然だ。……おい、そこのでかいの。邪魔だ、どけ」


 イグニス様が窓を開け、低い声で威圧を放ちました。

 すると、岩の上に座っていたフェンリルが「キャン!」と情けない声を上げ、尻尾を巻いて地面に平伏したのです。

 精霊たちもパニックになったように右往左往し始めました。


「いけません、イグニス様! そんなに脅しては可哀想です」


 私は慌ててイグニス様の腕を掴み(筋肉が硬すぎてビクともしませんでしたが)、制止しました。


「可哀想? 勝手に住処に入り込んだ不法侵入者だぞ」


「でも、彼らは何も悪さをしていないようですし……それに、見てください。あの精霊たち、寒そうに葉っぱの影に隠れています」


 北の禁足地は、朝晩の冷え込みが厳しい場所です。

 私の家は結界と断熱材で守られていますが、庭は吹きっさらし。

 集まってきた精霊やフェンリルたちは、私の家から漏れ出る温かい魔力を求めて、窓ガラスにへばりついていたようでした。


「……私の魔力が原因なら、責任を取るべきですよね」


 私は決意を固め、玄関へ向かいました。

 リュックから愛用の工具を取り出し、庭へと出ます。


 外に出ると、冷気が肌を刺しました。

 フェンリルが警戒したように身構えますが、私が危害を加える気がないと悟ると、鼻を鳴らして大人しくなりました。

 精霊たちも、私の周りをキラキラと飛び回り始めます。

 どうやら、歓迎されているようです。


「ふむ……まずは、皆さんのお家を作りましょうか」


 私は庭の隅に転がっていた、かつての砦の残骸――朽ちた木材や石材を集めました。

 ただのゴミに見えますが、私の目には立派な建材です。


診断スキャン


 魔力を通すと、それぞれの素材の特性が浮かび上がります。

 私は精霊たちのサイズに合わせ、小さな巣箱のような形状をイメージしました。

 そしてフェンリルには、雨風を凌げる大きな犬小屋……いえ、離れを。


修繕メンテナンス、開始」


 コン、コン、とハンマーを振るいます。

 心地よい音と共に、光が溢れ出しました。


 朽ち木が、艶やかな白木のドームへと変わっていきます。

 内部には「温度維持」と「魔力循環」の付与を施し、小さな精霊たちが快適に過ごせるように調整しました。

 入り口には可愛らしい小窓と、止まり木も設置します。


 フェンリル用の小屋には、断熱性の高い石材を使用し、床にはふかふかの干し草(品質向上済み)を敷き詰めました。


「……よし、できました」


 作業時間は十分ほど。

 出来上がったのは、庭園のオブジェとしても通用しそうな、メルヘンチックかつ高性能な「精霊の宿」と「幻獣の離れ」です。


 私が離れると、精霊たちは歓喜の歌声を上げ、我先にと新しい家へと飛び込んでいきました。

 フェンリルもおずおずと小屋に頭を突っ込み、その快適さに気づいたのか、満足げに喉を鳴らして丸まりました。


「ふん。貴様は本当にお人好しだな」


 いつの間にかテラスに出てきていたイグニス様が、腕を組んで呆れたように言いました。

 その手には、私が朝食用に淹れておいたコーヒーのマグカップが握られています。


「困っているなら、手を差し伸べるのが普通ですから。……それに、賑やかでいいじゃないですか」


 私は微笑みました。

 かつて勇者パーティで孤立していた頃、誰かが手を差し伸べてくれたらどんなに嬉しかったか。

 その思いが、今の行動の原動力になっているのかもしれません。


 イグニス様は「物好きめ」と呟きながらも、それ以上は文句を言いませんでした。


        * * *


 翌朝のことです。

 再び窓の外から楽しげな音が聞こえてきましたが、今度はそのボリュームが違いました。

 カーテンを開けた私は、言葉を失いました。


「……ええっ!?」


 そこにあったのは、昨日までの荒れた庭ではありませんでした。

 鬱蒼とした森……と見紛うほどの、緑の楽園だったのです。


 私が植えたはずのトマトの苗は、一晩で私の背丈を超え、真っ赤な実を鈴なりにつけています。

 カボチャは馬車のような大きさになり、ほうれん草は最高級のベルベットのような艶を放っていました。

 そして庭の中央には、昨日まではなかったはずの輝く大樹が、天を突くようにそびえ立っています。


「なんだ、朝から大声を出して……む」


 起きてきたイグニス様も、その光景を見て目を丸くしました。


「これは……世界樹の若木か? それに、この作物の魔力量……」


「イグニス様、これは一体……」


「ふん、精霊どもの恩返しだろう。あいつらは気に入った場所を聖域化する習性がある。貴様の作った『宿』がよほど快適だったと見える」


 イグニス様が庭に降り立ち、トマトを一つもぎ取りました。

 そのまま口に放り込み、ガリッと噛み砕きます。


「……ほう。悪くない」


 彼が目を見開きました。

 悪くない、というのは、イグニス様基準での「絶品」を意味します。


「魔力が凝縮されている上に、甘みと酸味のバランスが絶妙だ。これなら市場に出せば金貨一枚でも安いだろうな」


「金貨一枚!? たかがトマト一つがですか?」


 私は慌てて自分でも食べてみました。

 口に入れた瞬間、果汁が爆発したかのような濃厚な味が広がります。

 疲れが一瞬で吹き飛ぶような、滋養に満ちた味でした。


「すごい……。これなら、食料の心配はいりませんね」


 私は胸を撫で下ろしました。

 持ってきていた干し肉も残り少なくなっていましたし、この禁足地でまともな食材が手に入るか不安だったのです。


 ふと見ると、フェンリルが大きなカボチャを器用に前足で転がし、私の足元へ持ってきました。

 そして「クゥン」と甘えた声を出して、尻尾を振っています。


「あ、ありがとうございます。……もしかして、手伝ってくれたのですか?」


 私が頭を撫でてあげると、フェンリルは嬉しそうに目を細めました。

 その横では、精霊たちが私の肩や髪に止まり、キラキラとした光の粉を振りまいています。


「……賑やかになりましたね」


 私は庭を見渡して呟きました。

 数日前まで、ここは死と静寂に支配された廃墟でした。

 私自身も、孤独と絶望の中にいました。

 けれど今は、最強のドラゴンがコーヒーを飲み、伝説の幻獣が野菜を運び、精霊たちが歌っています。

 そして何より、ここには私の作った「家」があります。


「おいリゼット、今日の朝食はこのトマトと、あの巨大な芋を使った料理にしろ。肉も忘れるなよ」


 イグニス様が尊大な態度で注文をつけてきます。


「はいはい、わかりました。……ふふっ」


 自然と笑みがこぼれました。

 誰かのために料理を作り、それを「美味い」と言って食べてもらえる。

 そんな当たり前の幸せが、今の私には何よりも愛おしく感じられました。


「さあ、収穫祭ですね。皆さん、手伝ってください!」


 私が声を上げると、精霊たちがいっせいに舞い上がり、光の帯となって庭を駆け巡りました。

 差し込む朝日の中で、その光景は涙が出るほど綺麗でした。


 一方その頃、遠い王都では――。

 私のいなくなった勇者パーティが、装備の劣化と体調不良に悩まされ、ギルドでの評価を日に日に落としていることなど、知る由もありませんでした。

 今の私にとっては、目の前のトマトをどうやってスープにするかの方が、よほど重要な問題だったのですから。


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