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追放された私、廃墟を『修繕』したら伝説の竜が住み着きました  作者: 月雅


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第4話 勇者の誤算



(おかしい。なぜオークごときに手こずる?)


 俺は焦りを滲ませながら、目の前の緑色の巨体を見上げた。

 オークジェネラルですらない、ただのオークだ。以前なら一撃で首を刎ねていた雑魚敵のはずだった。

 だが、俺の愛剣『聖剣アロンダイト』は、なぜかオークの分厚い皮脂に弾かれ、浅い傷しかつけられない。


「くそっ、硬いな!」


 俺は舌打ちし、再び剣を振り上げた。

 腕が重い。いつもなら羽のように軽いはずのミスリルの鎧が、今日はまるで鉛の塊のように身体に食い込んでくる。

 関節部分の動きも鈍く、軋むような不快な音が耳元で鳴り続けていた。


「ブモオオオオオッ!」


 オークが棍棒を振り下ろしてくる。

 俺はそれを盾で受け止めた。

 ガギィィン!

 凄まじい衝撃が左腕を貫く。盾の裏側にある衝撃吸収用の魔石が機能していないのか、骨まで痺れるような痛みが走った。


「ぐっ……! おいマリエル! 援護はどうした!」


 俺は後方へ怒鳴った。

 本来なら、俺が攻撃を受けた瞬間に聖女の『聖なる防壁ホーリーバリア』が展開され、傷も即座に癒やされるはずだ。

 しかし、背後からの反応は鈍い。


「い、今やりますわ! ……きゃっ!」


 マリエルの悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、彼女は聖法衣の裾を木の根に引っかけ、無様に体勢を崩しているところだった。

 白かったはずの法衣は泥にまみれ、あちこちがほつれて見る影もない。


「何をやっているんだ! 早く回復を!」


「わかっていますわよ! でも、魔力が……全然足りないんですの!」


 マリエルが杖を掲げるが、そこから放たれた光は蛍火のように弱々しいものだった。

 俺の腕の痺れは一向に取れない。

 以前は湯水のように使えていた彼女の魔法が、今日はたった数回の行使で息切れを起こしている。


「ちっ、使えないな!」


 俺は悪態をつき、自力で踏ん張った。

 足元のぬかるみにブーツが滑る。グリップ力が落ちている。

 何もかもがうまくいかない。

 俺の実力はこんなものではないはずだ。俺はこの国の勇者、ガイウス・ヴァン・ロードベルクだぞ。


「おおおおおッ!」


 俺は咆哮し、渾身の力で剣を突き出した。

 切っ先がオークの喉元を捉える。

 ズプッ、と嫌な感触と共に剣が突き刺さったが、引き抜く際にガリガリと何かが削れる音がした。


 オークがどうと倒れる。

 たった一匹を倒すのに、俺は肩で息をしていた。

 心臓が早鐘を打ち、汗が滝のように流れ落ちてくる。鎧の下の肌着が擦れて痛い。通気性の付与も切れているようだ。


「はぁ、はぁ……。終わったぞ、マリエル」


 俺は剣を払い、鞘に納めようとした。

 だが、カチンと何かが引っかかり、スムーズに入らない。

 無理やり押し込むと、鞘の装飾が一つ、ポロリと地面に落ちた。


「……なんなんだ、今日は」


 俺は落ちた装飾を睨みつけた。

 マリエルが杖を杖代わりにしながら、よろよろと近づいてくる。


「ガイウス様ぁ……。疲れましたわ。もう歩けません」


「甘えるな。まだ依頼の討伐数は半分も終わっていないんだぞ」


「でも、ドレスが重いですの。それに、汗でベタベタして気持ち悪くて……。以前なら、どれだけ動いてもサラサラでしたのに」


 マリエルが不満げに唇を尖らせる。

 確かに、以前の遠征ではこんな不快感はなかった。

 野営の朝には装備は新品同様に輝いていたし、身体の疲れも翌日には完全に取れていた。ポーションも無限に出てきた。

 それが当然だと思っていた。俺たちが選ばれた勇者と聖女だから、世界が味方をしているのだと。


 だが、現実は違った。

 あの地味な女――リゼットがいなくなった途端、全てが狂い始めた。


「……あいつだ」


 俺はギリと奥歯を噛み締めた。

 リゼットの顔が脳裏に浮かぶ。

 いつも一歩下がって頭を下げていた、特徴のない女。


「あいつが、俺たちの装備に何か細工をしたに違いない」


「えっ?」


「そうでなければ説明がつかないだろう! 俺の実力が落ちるはずがないし、君の魔力が尽きるのもおかしい。あいつは去り際に、俺たちに呪いをかけたんだ!」


 そうだ、そうに決まっている。

 あの女は付与魔法を使う。俺たちの知らない間に、『劣化の呪い』や『魔力吸収の阻害』といった悪質な魔法を仕込んでいったのだ。

 そうでなければ、Sランク冒険者である俺が、オークごときに苦戦するわけがない。


「なんて卑怯な……! やっぱり追放して正解でしたわね。そんな陰湿な方、パーティに相応しくありませんわ」


 マリエルも我が意を得たりとばかりに頷いた。

 彼女の髪も、以前のような艶を失い、ボサボサと絡まっている。それもきっと呪いのせいだ。


「ああ。とんだ悪女だったな。……帰るぞ、マリエル。こんな呪われた装備では本来の力が出せない。一度王都に戻って、新しい装備を調達する」


 俺たちは討伐を中断し、重い足取りで森を後にした。


        * * *


 王都の冒険者ギルド。

 その受付カウンターで、俺は再び屈辱を味わうことになった。


「――はい。討伐数不足および期限超過のため、報酬は規定の三十パーセントとなります」


 ギルド職員の男が、事務的な口調で告げた。

 俺はダン、とカウンターを叩いた。


「ふざけるな! 俺は勇者ガイウスだぞ! 多少の遅れで減額だと? これまでの貢献を忘れたのか!」


 俺の大声に、周囲の冒険者たちが注目する。

 だが、その視線は以前のような畏敬を含んだものではなかった。

 どこか値踏みするような、冷ややかな視線だ。


「勇者様といえど、ギルドの規約は絶対です。それに……」


 職員は眼鏡の位置を直し、俺の全身をジロリと見た。


「報告によれば、今回はオーク数体との戦闘で負傷されたとか。……装備の手入れも行き届いていないようですね。プロとしていかがなものでしょうか」


「なっ……!」


 俺は言葉に詰まった。

 確かに、俺の鎧は泥と傷だらけで、マリエルの法衣も薄汚れている。

 以前のリゼットがいた頃は、どんな激戦の後でもギルドに顔を出す時には完璧な状態に仕上げてくれていたから、こんな指摘を受けたことは一度もなかった。


「……これは、呪いのせいだ。前のメンバーが俺たちを陥れるために、装備に細工をしたんだ」


「はぁ。呪い、ですか」


 職員は全く信じていない様子で、ため息混じりに書類に判を押した。


「一応、報告書にはそう記載しておきますが、装備の管理は冒険者の自己責任です。……減額分を差し引いた報酬はこちらになります」


 差し出された革袋は、驚くほど軽かった。

 金貨が詰まっていたはずの袋には、わずかな銀貨が入っているだけだ。

 これでは次の装備を新調するどころか、宿代と食事代で消えてしまう。


「ちっ……覚えていろよ!」


 俺は革袋をひったくり、逃げるようにギルドを出た。

 マリエルが不安そうに俺の袖を引く。


「ガイウス様、どうしますの? 私、新しい美容液が欲しかったのですけれど……」


「我慢しろ。……くそっ、何もかもうまくいかない!」


 俺は道端の石を蹴り飛ばした。

 石は虚しく転がり、路地裏の汚水溜まりに落ちてピチャリと跳ねた。


 全てはリゼットのせいだ。

 あいつが呪いなどかけなければ、俺は今頃、称賛の中で豪遊していたはずなんだ。

 あいつは無能なくせに、最後っ屁だけは一人前らしい。


「まあいい。新しい魔導具師を探せば済む話だ。リゼット程度の付与魔法使いなど、掃いて捨てるほどいる」


 俺は自分に言い聞かせるように呟いた。

 そうだ、代わりならいくらでもいる。

 王都は広い。俺の名声を聞きつけて、喜んで仕えたいという職人は山ほどいるはずだ。


「行きましょう、マリエル。今日は高級宿でゆっくり休んで、明日から新しい人材を探す」


「はい、ガイウス様。……でも、お金は大丈夫ですの?」


「心配するな。俺は勇者だ。なんとでもなる」


 俺は虚勢を張って歩き出した。

 だが、腰に差した聖剣はずっしりと重く、歩くたびにガチャガチャと不快な音を立てていた。

 背中に突き刺さる街の人々の視線が、かつてないほど冷たいことに、俺は気づかないふりをするしかなかった。


 リゼットという名の「重石」が外れたはずなのに、なぜか俺たちの足取りは、泥沼に嵌まったように重くなる一方だった。


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