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追放された私、廃墟を『修繕』したら伝説の竜が住み着きました  作者: 月雅


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第3話 押しかけドラゴン



 朝、私が庭で雑草を抜いていると、頭上に巨大な影が落ちてきました。


 穏やかな小鳥のさえずりが、一瞬にして轟音にかき消されます。

 ドォォォォン!

 地響きと共に、私が耕そうとしていた家庭菜園予定地――のすぐ隣に、とてつもなく大きな「何か」が墜落しました。


「きゃっ!?」


 私は衝撃波に煽られ、尻餅をつきました。

 舞い上がった土煙が晴れていくと、そこに横たわっていたのは、全身が紅蓮の鱗に覆われた巨大なトカゲ……いいえ、ドラゴンでした。

 その大きさは、二階建てになった我が家を見下ろすほどです。


「……嘘、でしょう」


 心臓が早鐘を打ちます。

 ここは魔物の住処である北の禁足地。何が出てもおかしくはありませんが、まさかドラゴンがいきなり降ってくるなんて。

 逃げなければ。

 本能がそう警鐘を鳴らしますが、私の目は釘付けになっていました。

 ドラゴンの身体が、酷く損壊していたからです。


 自慢の赤い鱗は至る所で砕け散り、脇腹には痛々しい裂傷が走っています。黒い血がどくどくと流れ出し、美しい庭の土を汚していました。

 荒い呼吸を繰り返すたびに、口端から火花が散っています。

 明らかに瀕死の状態でした。


(……壊れて、いる)


 その惨状を目にした瞬間、私の職人としてのスイッチが入ってしまいました。

 勇者パーティで毎日ボロボロの鎧や剣を直し続けてきた習性でしょうか。

 目の前の存在が「恐怖の対象」から「緊急修繕が必要な対象」へと切り替わってしまったのです。


 私は震える膝を叩き、立ち上がりました。

 リュックから愛用のハンマーと、魔力充填用の針を取り出します。


「……じっとしていてくださいね。今、楽にしてあげますから」


 私はドラゴンの鼻先に恐る恐る近づき、そっと手を触れました。

 熱い。溶岩のような熱気です。

 けれど、怯んでいる時間はありません。


診断スキャン


 魔力を流すと、ドラゴンの身体構造が青白いラインとなって視えました。

 骨折三箇所。内臓損傷。鱗の剥離多数。魔力枯渇による衰弱。

 ひどい状態です。普通の回復魔法なら、高位の聖職者が数人がかりでも助からないレベルでしょう。


 でも、私なら。

 これは生き物ですが、私にとっては「直すべき構造体」です。


修繕メンテナンス、開始」


 私はハンマーを振るい、ドラゴンの硬い鱗をコン、と叩きました。

 修復のイメージを流し込みます。

 砕けた骨を繋ぎ、裂けた肉を縫い合わせ、剥がれた鱗を再生させる。

 さらに、失われた魔力を補填し、本来の強靭さを取り戻すように上書き(オーバーライト)していく。


 カッ!

 私の手から溢れた光が、ドラゴンの巨体を包み込みました。


 バキバキ、ジュワッ。

 高速で再生していく音が響きます。

 傷口が塞がり、新しい鱗が宝石のような輝きを放って生え揃っていきます。

 同時に、私の魔力がごっそりと持っていかれる感覚がありました。

 さすがはドラゴン、燃費が悪いです。それでも私の魔力タンクは底なしなので、めまいひとつ起こりませんが。


 数分後。

 光が収まると、そこには傷ひとつない、完全無欠の姿を取り戻したドラゴンが横たわっていました。

 規則正しい寝息を立てています。


「ふぅ……なんとかなりましたね」


 私は額の汗を拭いました。

 改めて見ると、本当に美しい生き物です。

 紅玉ルビーのような鱗に、立派な角。

 これほどの存在がなぜ傷ついていたのかはわかりませんが、とりあえず庭で死なれなくて良かったと安堵します。


「お腹、空きましたよね。……目が覚めたら食べるでしょうか」


 私は家の中から、朝食用に作っておいた大鍋を持ってくることにしました。

 中身は、昨日森で採れた野菜と干し肉を煮込んだスープです。

 私の『品質向上』スキルで食材の下処理をしたため、ただの野菜くずが最高級の甘みを放つ逸品に仕上がっています。


 鍋を庭に運び、ドラゴンの鼻先に置いた、その時でした。


 カッ!


 ドラゴンの巨大な黄金の瞳が、見開かれました。

 蛇のように縦に割れた瞳孔が、目の前にいる私を捉えます。


「ひっ……!」


 私は悲鳴を上げて後ずさりしました。

 殺される。直した途端に食べられるなんて、笑い話にもなりません。


 ドラゴンはゆっくりと身体を起こしました。

 その動作は流麗で、先ほどまでの瀕死が嘘のようです。

 彼は鼻をひくつかせ、私の置いた鍋を見下ろしました。

 そして次の瞬間、眩い光が彼の身体を包み込んだのです。


「……ん?」


 光が収縮し、ドラゴンの巨体が消え失せました。

 代わりにそこに立っていたのは、燃えるような赤い髪をした、長身の男性でした。

 鍛え抜かれた肉体に、布切れのような腰布を巻いただけの姿。

 整いすぎた顔立ちは、人間離れした美貌を湛えています。


「……ほう」


 男の人は、自分の腕を握りしめ、感心したように低い声を漏らしました。


「傷が消えている。魔力も……以前より満ちているな。貴様がやったのか? 人間」


 鋭い視線が私を射抜きます。

 私は腰が引けながらも、なんとか声を絞り出しました。


「は、はい……。お庭に倒れていらしたので、勝手ながら手当てをさせていただきました。お邪魔でしたでしょうか……?」


「手当て、だと? 我の身体は人間の魔法ごときで治せるものではないのだがな」


 彼は鼻を鳴らし、興味なさげに私から視線を外すと、足元の鍋に手を伸ばしました。

 そして、行儀悪く鍋ごと口に運び、豪快にスープを飲み干します。


「……ッ!?」


 一口飲んだ瞬間、彼の目が大きく見開かれました。

 ゴクゴクゴク、と一気に飲み干し、最後の一滴まで舐め尽くします。


「なんだこれは。……美味い。五臓六腑に染み渡る魔力、そしてこの深みのある味わい。貴様、何を入れた?」


「え、えっと……ただの野菜と干し肉ですが。少し鮮度が落ちていたので、美味しくなるように魔法をかけましたけれど」


「魔法で味を変えただと? ふん、面白い」


 男の人は満足げに口元を拭うと、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべて私に近づいてきました。

 見下ろされる威圧感に、私は縮こまります。


「名はなんと言う」


「リ、リゼットです……」


「そうか、リゼット。我はイグニス。……見ての通り、偉大なる『紅蓮の皇』だ」


 イグニス、様。

 紅蓮の皇……どこかの神話で聞いたことがあるような二つ名ですが、今は考える余裕がありません。


「感謝してやろう。貴様の施しは悪くなかった。特にこのスープは気に入ったぞ」


「は、はぁ。それは光栄です……」


「なので、決めた」


 彼は尊大な態度で、私の家――元廃墟の要塞――を指差しました。


「ここを我の寝床とする。そして貴様には、我の世話係となる名誉を与えてやろう」


「……はい?」


 私は思わず聞き返してしまいました。

 寝床にする? 世話係?

 それはつまり、このドラゴン様が一緒に住むということでしょうか。


「あ、あの、困ります! ここは私の家で……それに、私はただ静かに暮らしたいだけで……」


「拒否権などない。我はこのスープが飲みたいのだ。それに、貴様のその修復魔法……妙に心地が良い。我の鱗を磨くのにちょうどいいだろう」


 イグニス様は私の抗議など意に介さず、スタスタと家の中へ入っていってしまいました。


「おい、中はもっとマシなのだろうな? 我は硬い床では寝られんぞ」


「あっ、土足で上がらないでください! そこは昨日磨き上げたばかりなんです!」


 私は慌てて追いかけました。

 リビングに入ったイグニス様は、私が修繕したふかふかのソファを見つけるなり、ドカッと体を投げ出しました。


「……ほう。悪くない」


 彼は目を細め、ソファの感触を確かめるように背中を預けました。


「人間にしては上出来だ。このクッション、我の鱗に引っかからぬ滑らかさがある。合格だ」


「ご、合格いただきましても……」


 私は困り果てて立ち尽くしました。

 最強の生物がリビングに居座ってしまったのです。

 追い出そうにも、私に戦う力はありません。彼の機嫌を損ねれば、この家ごと消し炭にされるのがオチでしょう。


 けれど、ふと思いました。

 ここは魔物の巣窟である禁足地。

 私一人で生きていくには、常に危険がつきまといます。

 もし、このドラゴン――イグニス様がここにいてくれるなら。

 それは、どんな結界よりも強力な「用心棒」になるのではないでしょうか。


(スープと寝床を提供するだけで、ドラゴンが味方になってくれるなら……悪い取引ではない、かも?)


 私は溜息をつき、諦めて彼に向き直りました。


「……わかりました。しばらくの間だけですよ? その代わり、家の中を壊さないこと、私の言うことを聞くこと。それが条件です」


 恐る恐る条件を提示すると、イグニス様は片目を開けて私を見ました。


「人風情が我に条件をつけるか。……まあいい、腹が満たされ、寝床が良いなら文句はない。契約成立だな、リゼット」


 彼は尊大に頷き、そして不意に、少しだけ優しい声音で付け加えました。


「……あの傷は痛かったのだ。礼を言う」


 その言葉に、私は少しだけ毒気を抜かれました。

 態度は大きいですが、根は悪いドラゴンではないのかもしれません。

 それに、誰かに「ありがとう」と言われたのは、本当に久しぶりでした。勇者パーティでは一度も聞けなかった言葉です。


「……どういたしまして、イグニス様。では、夕食の準備をしますね」


 私がキッチンへ向かおうとすると、背後から「肉を多めにしろ」という注文が飛んできました。

 やれやれ、食費がかさみそうです。

 でも、一人きりだった静かな廃墟に、賑やかな同居人が増えたこと。

 その事実に、私は驚きよりも、ほんの少しの安堵を覚えていました。


 窓の外では、まだ小鳥たちが怯えて鳴き止んでいましたが、私の家の中だけは、不思議と穏やかな空気が流れていました。


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