第十六章 警備員の戦い方
王女を追いかける途中、誠一は街中の様子を見た。
火の手は王都の各所で上がっており、至るところで悲鳴と叫び声が聞こえていた。魔族たちは城門を突破した後、街中に散らばって市民を襲っている。
「このままでは……」
誠一は焦りを感じた。
王女の安全は確保しなければならない。しかし、市民たちも危険にさらされている。
両方を同時に守ることは、可能なのか。
「できる。いや、やるしかない」
誠一は走りながら考えた。
騎士団は混乱している。ハインリッヒは王城の防衛で手一杯だ。リーゼロッテは暗殺者と戦っている。他の騎士たちも、それぞれの持ち場で魔族と交戦中だろう。
今、組織的に動ける戦力は——城門警備隊しかない。
「ガルバス隊長!」
誠一は叫んだ。
しかし、返事はない。ガルバスがどこにいるかも、わからない。
連絡手段がない。この状況では、各自が独自の判断で動くしかない。
「俺にできることをする」
誠一は方針を決めた。
まず、王女を安全な場所まで送り届ける。その後、市民の避難誘導に回る。
王女が逃げた方向を追い、誠一は走り続けた。
* * *
王女たちは、城壁外の小さな村に辿り着いていた。
避難路の出口から少し離れた場所に、農家が点在している。村の住民たちは、王都から上がる炎を見て不安げに空を見上げていた。
「殿下!」
誠一が駆けつけると、王女が振り返った。
「誠一! 無事だったのね!」
「なんとか。殿下、ここに留まっていてください。この村なら、しばらくは安全です」
「しかし、王都は——」
「俺が何とかします」
「あなた一人で?」
「一人ではありません。仲間がいます」
誠一は王女の手を取った。
「殿下、お願いします。ここで待っていてください。必ず——必ず、王都を守ってみせます」
王女は誠一の目を見つめた。
「……わかったわ。でも、約束して。生きて戻ってくると」
「約束します」
誠一は頭を下げ、踵を返した。
王都へ向かって走り出す。
* * *
城壁の外周を回り、南門から王都に戻った。
南門はまだ城門警備隊の管理下にあった。エルナが門の前に立ち、市民の避難を誘導している。
「誠一さん!」
エルナが駆け寄ってきた。
「状況は」
「南門は守れています。でも、東門と北門が突破されました。魔族が街中に——」
「わかっている。ガルバス隊長は」
「北門の方へ向かいました。ゴルドさんと一緒に」
「よし。エルナ、お前はここを守れ。避難してくる市民を、城壁の外へ誘導しろ」
「誠一さんは」
「俺は街中に入る。まだ逃げ遅れている市民がいるはずだ」
「危ないです!」
「大丈夫だ。俺には『予兆感知』がある」
誠一はエルナの肩を叩いた。
「お前なら、できる。俺が教えたことを、思い出せ」
「……はい」
エルナは頷いた。
誠一は南門をくぐり、街中へ入った。
* * *
王都の中心部は、地獄絵図と化していた。
あちこちで建物が燃え、市民たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。魔族の兵士たちが剣を振るい、無抵抗の市民を襲っている。
「止まれ!」
誠一は叫んだ。
魔族の兵士が振り返った。
「警備員か。邪魔だ」
「邪魔だと思うなら、俺を倒してみろ」
誠一は挑発した。
魔族が剣を振り上げ、誠一に襲いかかった。
誠一は『予兆感知』で軌道を読み、身をかわした。
そして——逃げた。
「待て!」
魔族が追いかけてくる。
誠一は狭い路地に入った。
「追え! 逃がすな!」
魔族は数人で追いかけてきた。彼らは誠一を追って、狭い路地に入る。
しかし——
「今だ!」
誠一の叫び声と同時に、路地の両側から物が降ってきた。
瓦礫、木材、樽——住民たちが、窓から物を投げ落としていた。
「がっ!」
魔族たちが瓦礫に埋もれた。
「こっちだ! 逃げろ!」
誠一は路地の先へ走った。
路地の出口には、市民たちが待機していた。誠一が到着すると、彼らは一斉に逃げ出した。誠一が先導し、安全な方向へ導く。
「魔族が来たぞ!」
「南門へ向かえ! 城壁の外へ逃げろ!」
市民たちは誠一の指示に従い、南門方面へ走り出した。
誠一は振り返った。
路地では、瓦礫から這い出した魔族たちが、怒りに顔を歪めていた。
「貴様……」
「悪いな。俺は戦えない。だが——流れを作ることはできる」
誠一は再び走り出した。
次の場所へ。次の市民を助けに。
* * *
誠一は街中を駆け回りながら、市民の避難を誘導し続けた。
自分では戦えない。しかし、敵を誘い込み、罠にはめることはできる。
狭い路地に誘導し、住民に物を落としてもらう。
行き止まりに追い込み、時間を稼いでいる間に市民を逃がす。
複数の魔族を一箇所に集め、予備の騎士団に引き渡す。
一つ一つは小さな行動だった。しかし、それが積み重なることで、市民の被害を減らすことができた。
「こっちだ! 俺について来い!」
「逃げろ! 南門は開いている!」
「子供を先に! 大人は後から!」
誠一は叫び続けた。
やがて、城門警備隊の仲間たちも合流してきた。
「誠一!」
ゴルドが斧を担いで現れた。
「生きていたか!」
「当たり前だ! 状況は!」
「東門と北門は突破されたが、西門と南門は守れている! 市民の大半は、すでに城壁の外へ避難した!」
「よし! あとは、残っている市民を探し出して救出する!」
「了解だ!」
ゴルドは誠一と共に、街中を駆け回った。
彼は元傭兵だ。戦闘能力がある。誠一が敵を誘導し、ゴルドが倒す。二人の連携は、驚くほどうまくいった。
「お前の作戦、なかなかやるじゃねえか!」
「褒め言葉として受け取っておく!」
二人は笑いながら、戦い続けた。
* * *
やがて、他の隊員たちも集まってきた。
ジョルノは年老いていたが、街の構造を熟知していた。彼の案内で、逃げ遅れた市民を次々と発見し、救出することができた。
カルロは怠け者だったが、いざというときには頼りになった。彼は市民を誘導しながら、魔族の動きを監視し続けた。
ドルフは無口だったが、力仕事では誰にも負けなかった。彼は倒壊した建物の瓦礫をどけ、閉じ込められた市民を助け出した。
そして、エルナ——
彼女は南門で、避難してくる市民を一人一人確認し、怪我人には応急処置を施し、パニックに陥った者には声をかけて落ち着かせた。
「大丈夫です。もう安全ですから」
「お水をどうぞ。ゆっくり飲んでください」
「お子さんは無事ですよ。あそこにいます」
エルナの声は、避難民たちの心を癒していた。
誠一は、仲間たちの活躍を見ながら、胸が熱くなった。
俺たちは、戦えない。剣も魔法も使えない。
しかし——守ることはできる。
人を導き、流れを作り、命を救う。
それが、城門警備隊の戦い方だった。
* * *
街の中心部で、誠一は大きな広場に出た。
中央広場だ。以前、テロ計画を阻止した場所。
今、その広場には、数百人の市民が取り残されていた。
彼らは逃げ場を失い、広場に集まっていた。周囲には魔族の兵士たちが迫っており、市民たちはパニック寸前だった。
「どうする——」
誠一は状況を分析した。
市民は約五百人。老人、子供、女性が多い。魔族は三十人ほど。このまま放置すれば、虐殺が起きる。
しかし、五百人を一度に避難させることは難しい。狭い路地に誘導しても、人数が多すぎてパニックになる。
「考えろ。何ができる」
誠一は周囲を見回した。
広場の周囲には、いくつかの建物がある。商店、民家、そして——時計塔。
時計塔。広場を見渡せる高所だ。
「あれだ」
誠一は時計塔へ向かって走った。
扉を開け、螺旋階段を駆け上がる。塔の最上部に辿り着くと、広場全体が見渡せた。
誠一は懐から拡声の魔道具を取り出した。以前、リーゼロッテから借りたままになっていたものだ。
「これを使う」
誠一は魔道具を口元に当て、深呼吸した。
そして——声を張り上げた。




