ep4 独り言・・・
インフレは、経済にとって「必要なもの」として語られてきた。
インフレは賃金の調整装置でもある。
名目賃金が上がらなくても、物価が上がることで実質的な負担の再配分が行われる。
企業は人件費を直接下げなくても済み、失業を抑えることができる。
これは、急激な賃下げや大量解雇よりも、社会的な摩擦が小さい方法だとされてきた。
「摩擦が小さい」
その言葉は、どこか遠くの話のように聞こえた。
物価が上がるたび、生活の中では確実に小さな擦れ音が増えている気がするのに。
さらに、インフレは負債を軽くする。
国債や住宅ローンのような長期の借金は、時間とともに価値が目減りする。
国にとっては財政の持続性を保つ手段であり、個人にとっても借金を抱えたまま経済活動を続ける余地を与える。
借金が軽くなる。
その言葉は救いのようにも聞こえるが、
同時に「借金を前提に続ける」ことが当たり前になっている気もした。
中央銀行がインフレ率に目標を設定するのも、そのためだ。
年に2%前後のインフレを維持できれば、
・経済は極端に冷え込まず
・過剰なバブルも抑えられ
・将来の見通しが立てやすくなる
そう考えられてきた。
2%。
その数字が、どこから来たのかは、ここには書かれていない。
ただ「ちょうどいい」とされている。
インフレは単なる物価上昇ではなく、社会全体を動かすための潤滑油のような役割を持つ、と教科書には書かれている。
――潤滑油、か。
確かに、止まった機械よりは、少し油を差したほうが動く。
まず、適度なインフレは消費を促す。
物価が少しずつ上がると分かっていれば、人は「今のうちに使おう」と考える。
企業は売上を見込み、投資を行い、雇用を生み出す。
経済は循環し、停滞を避けられる。
理屈としては、分かるがこの仕組みが「うまく機能している状態」と、
自分の生活が重なる場面が、どうしても見つからない。
そして自分が「今のうちに使おう」と思える場面は、ここ数年ほとんどなかった。
むしろ、少しでも先が見えないから、使えなくなっている。
使ったほうがいいと言われながら、使えない。
動くための仕組みのはずなのに、足元では小さな摩擦だけが増えていく。
この違和感には、インフレの裏側に置き去りにされてきた、デフレマインドに当てはまっている気がした・・・




