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複利の外側  作者: otu
11/14

ep10 条件は、静かに配置されていた

こうした役割が成立するための条件は、

国内では、どのような形で実現されていたのだろうか。

日本の低成長と低賃金は、


しばしば国内経済の失敗として語られてきた。


しかし視点を少し引いて、国際社会の中に置いてみると、

それは別の姿を見せる。



日本は長いあいだ、

急激に変動しない国だった。

景気は大きく跳ねず、通貨は信認され、

金融危機や地政学的ショックの中でも、

比較的安定した状態を保ってきた。


円は安全通貨とされ、

世界に不安が広がる局面では、

資金の逃避先として選ばれることも多かった。


そのため、日本の金利は容易に引き上げられなかった。


金利を上げれば、

円高と資金流入が起き、

国内経済に別の歪みを生む可能性があったからだ。


結果として、日本経済は

急成長もしなかったが、

急激に崩れることもなかった。


世界的なショックが起きるたびに、

日本はその衝撃を和らげる

緩衝材のような役割を果たしていたとも言える。




重要なのは、

この役割が意図的に選ばれたというより、

いくつもの条件が重なった結果として、

そう振る舞う国になっていった点にある。



その役割が成立するためには、

いくつかの条件が必要だった。


まず、

大きな低賃金層が存在すること。

賃金が急上昇しなければ、

物価も急騰しにくく、

内需は安定する。



次に、

賃金が上がりにくい構造が維持されていること。

一部で賃金が上昇しても、

全体としては平均値が大きく動かない。



これにより、

企業行動も家計行動も、

急激な変化を起こしにくくなる。



そして、

内需が暴れない社会であること。

消費が急拡大も急縮小もしない社会は、

金融政策や為替の変動を

穏やかに受け止めることができる。



これらの条件は、

国内の豊かさを最大化するためというより、

国際経済の中で

安定を提供する役割と整合的だった。



低成長・低賃金は、

成長戦略の結果というより、

変動を起こさないための前提条件として

機能していたとも言える。



この視点に立てば、

日本が長く「おかしな状態」に見えながらも、

致命的な破綻を避けてきた理由は、

ある程度説明がつく。



しかし、

ここで一つの問いが残る。



こうした役割が成立するための条件は、国内では

どのような形で実現されていたのだろうか。

朝の電車は、いつも同じ時間に来た。

少し遅れることはあっても、止まることはほとんどない。

車内に流れるニュースは、

「大きな混乱はありません」という言葉で締めくくられる。


駅前のスーパーは安売りを続けていた。

値上げは年に一度あるかどうかで、

そのたびに小さな張り紙が貼られる。

誰かが怒ることはない。

ただ、少しだけ買い物かごが軽くなる。


彼は非正規という契約で、もう十年以上働いていた。

正社員になる話がなかったわけではない。

ただ、その話はいつも「景気を見てから」だった。

景気は、いつも「もう少し先」にあった。


賃金は上がらなかったが、

急に下がることもなかった。

生活は苦しいが、破綻はしない。

病気にならなければ、

何とか回る計算になっている。


街にシャッターは増えたが、

暴動は起きなかった。

失業者は増えたが、

失業がニュースになるほどではなかった。


誰かが豊かになっている実感はなかったが、

誰かが決定的に貧しくなっている光景も、

日常には現れなかった。


銀行の金利は、

ほとんど動かない数字としてそこにあった。

預けても増えず、

借りても大きくは増えない。

時間は、静かに横に流れていく。


この社会では、

急ぐ理由がなかった。

賃金が上がらない代わりに、

物価も大きくは動かない。

明日が今日と違う姿になる確率は、

できるだけ小さく抑えられていた。


それは、

誰かが設計したというより、

そうであるほうが都合のよい条件が、

少しずつ積み重なった結果だった。


変化が起きないことは、

安心として受け取られた。

同時に、

何も変わらないことへの疑問は、

生活の忙しさの中に埋もれていった。


こうして、

低い賃金は「当たり前」になり、

伸びない未来は「現実的」になり、

社会は静かに安定していった。


条件は、

誰かに強制されたのではなく、

日々の選択の中で、

自然に配置されていったのだった。

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