桜吹雪の下
【桃色の吹雪の下に愛を誓い合った2人は永遠に結ばれる】
桜の名所の町にありそうな、ありきたりな言い伝え。
どうせ町おこしのために作られただろうもの、実際に告白した中には本当に生涯を添い遂げた者もいるみたいだ。
『はっきり言ってどうでもいい』それが僕の答えだった。
実際添い遂げた者もいるのは事実だが、その何百倍のカップルが添い遂げる事が出来ていない。
その事には目を瞑り、ただ数回の成功体験を皆信じている。
挙句の果て皆は最初の【桃色の吹雪】の部分を勝手に桜吹雪に変換している。
わざわざその言葉にしている意味など気にする人などいない、都合よく解釈して盲目的に信じている。
そんな人達の話す言い伝えに、ぼくは心底興味がわく事なく、信じられなかった。
あの時までは。
僕は今近所の神社に来ている。
長い石段を登り切ったところにある小さな神社。整備もあまりされていないため、夜になると境内は淡い光が点り、石段には月明かりしかない状態になる。
そんな神社だが、数百段と登った先には、頑張った者を歓迎するように無数の桜が咲いているのだ。
昼間見ても壮観だが、夜になるとその顔を変える。隔絶された場所と淡い光が相まって、まるで異世界の幻想空間となる。
そんな神社にとある理由から僕は約十年程通い続けている。
その理由はなんとも女々しい事で、昔あった女の子にもう一度会いたいから。
よく泣きよく笑う、喜怒哀楽全てが豊かで可愛い女の子。雪が降る中毎日のようにこの神社で遊んでいた。
そんな君はある日を境に来なくなってしまった。
ただその娘に会いたい。その思いで月明かりの出ているこの時間に来たのだが、そんな僕を向かい入れたのは予想外の物だった。
境内の明かりが見え、石段も残り三割といったところで上からは桜の花びらと共に今の時期にはありえないものが降ってきた。
「真っ白な、ゆき?」
しんしんと降り手のひらに落ちるそれは冷たく、僕の体温ですぐに溶けてしまう、まごうことなき雪だった。けれどどこか温かみがあって優しく、同時に懐かしいものを感じる。
僕がそのことに頭で気付くより先に、足は鳥居を目掛けて石段を駆け上がっていた。
近づくにつれてはっきりと感じ取る事のできるこの雪は、僕が子供の頃あの娘とあっていた時に降っていた雪と同じだった。
雪が体に触れるたび記憶の底が呼び覚まされる、まるでこの雪一つ一つにあの娘との思い出があるみたいに。
足元は月明かりのみで普通に考えれば駆け上がるなんて自殺行為でしかないが、約十年と通ったこの体が見えなくとも石段の間隔を覚えている。
そうして無我夢中で登って鳥居の向こう側の世界を見た時、僕は荒い呼吸など忘れて息を呑んだ。
天上から落ちる月明かり、境内の淡い光、周りに咲き誇る無数の桜、そしてどこからともなく降り注ぐ真っ白な雪。
それらによって作り出された世界は、この世の言葉で表せない幻想空間だった。
そしてその世界の中心に同じ学校の制服を着た、いつもと違う姿の少女があった。
「早乙女さん?」
いつもの艶のある黒髪とは真逆の、白銀の髪色をした彼女が。
彼女の名は早乙女雪、僕と同じクラスで常に中心にいる人だ。
降りしきる雪のように透き通る白い肌に頬の薄い紅、幻想空間に居ても違和感のない容姿に小さく可愛らしい顔。
誰からの視線を集めてしまう彼女が、今は目を大きく開けて僕を見ていた。
「どうして早乙女さんがここに……」
どうしてこの神社に人が、彼女がいるのかと、戸惑いの声が漏れる。約十年間通った中でこの神社で人と会ったことがない。
なんだったらあの頃を振り返ってもあの娘以外と会ってないのだ。
そんな戸惑いの最中に触れる雪からは、何故だか僕と同じ感情を持ってるように感じ、自然と前に進んだ。
「君こそ、どうして……」
早乙女さんに近づくにつれ、降る雪が意志を持ったように僕と早乙女さんの元へ集まっていく。
そんな非現実的な現象だが、僕には覚えがあった。あの時の少女もこんな風に雪を使って遊んでいたのだ。
その少女面影と今の早乙女さんを重ねた時、ひとつの可能性を感じた。
「ねえ、もしかして」
僕の発言に早乙女さんはビクッと肩を震わせる。
僕はゆっくりと腕を伸ばした、その触れれば溶けて消えてしまう雪のような手を目掛けて。
雪はどんどんと勢いを増していき、桜の花びらを多く巻き込みながら僕らの周りを回りだす。
早乙女さんは逃げることをせず顔を俯かせたまま、そんな彼女の手を取り胸の前に置いてから告げる。
「もしかして、ゆきちゃん?」
その言葉と同時に雪はパッと勢いを止め、優しく落ち始めた。そして早乙女さんはゆっくりと顔を上げた。
「気づくのが遅いよ」
あの頃と同じ、涙で顔を濡らし花のような笑顔を。
「私は、ずっと気づいてたんだよ。入学式の時から」
「そうだったの?」
「うん、だって君、あの頃のまんまなんだもん」
くすくすと笑う時に口元に指を添える行動、それはあの頃と同じゆきちゃんの癖だった。
「本当にゆきちゃんなんだね。なんで教えてくれなかったの?」
「だって君に気づいて欲しかったんだもん」
涙を拭いながら照れる様子もなく、そんな恥ずかしい言葉を口にする。
何だかそれがこそばゆくて僕が照れてしまう前に話題を変えた。
「そういえばこれ雪だよね、昔ゆきちゃんと遊んでた時も必ず降ってたけど」
「あれ話したことなかったけ」
すると早乙女さんは腕をゆっくりと広げて空を見上げた、空に何かあるのかと僕も釣られて顔を上げる。
そして次の瞬間僕は横から来た猛烈な吹雪に襲われた。
「ちょっ、寒い寒い!」
体を縮めて体温を上げようと足をばたつかせる、その状態の僕を早乙女さんはくすくすと笑った。
「もしかして、これゆきちゃんが?」
歯をがたがた震わせながら聞くと早乙女さんは微笑みながら手を上げる。
すると僕を襲った吹雪がパタッと止んだ。
直後早乙女さんの口からもう聞くことがないと思っていた言葉を耳にした。
「実はね、私雪女なの」
明かりを反射し、しんしんと降る雪の一つ一つが輝く中、早乙女さんの告白は境内に響いた。
昔一度だけ聞いたことがあった、この町に伝わる雪女の話し。
「実はなこの町には雪女がいるんだぞ」
いつも冗談ばかり言っていたおじいちゃんが、唯一僕に話してくれた本当の話し。
「言い伝えにある桃色の吹雪、あれは雪女が起こす現象なんだ」
「そんなの嘘だよ」
言い伝えなどただの町おこしとしか思っていなかった僕にとって、おじいちゃんの話すそれをこれまで通りの冗談としか感じていなかった。
「ならいつか見てみるといいさ、ちなみに雪女は大層なべっぴんさんだぞ」
大きくて優しい手で頭を撫でてくれながら話してくれたそれを、僕はずっと忘れずにいた。
そして今こうして再び雪女の言葉を聞くことになるとは、しかも今回は雪女本人から。
だけど僕は不思議と驚かなかった。
あの日あれだけ嘘だと思っていた存在が目の前にいるというのに、会いたかった人が雪女だったというのに。
早乙女さんは告白してから下を向いたままどんな顔をしているのかわからない。
だが先程から僕に当たってる雪からどんな気持ちなのかは感じ取れる。
『何を言われるかの不安や拒絶されるかもしれない恐怖』
そんな気持ちをこの白雪に乗せて僕に伝わってくるのだ。
だは早乙女さんに何と言うのが正解なのだろうか。
この告白を受けて僕が伝えるべき言葉、拒絶などしないが、最適の言葉が見つからない。
早乙女さんは僕の答えをただ静かに待っている、どんどんと増していく不安を抱え込みながら降る雪を纏ってただ下を向く。
そんな姿を見て昔にもこんな事があったのを思い出した。
不安を抱え込んでいた君は今みたいに雪を纏わせながら下を向いていた。
僕はそんな姿を見ていつも同じ言葉を思っていたんだ。
それは今の僕も溢れそうになるほど抱えてる言葉だ。
そんな思いをいつも抱えきれなかった僕は、同じように冷えた体を震わせながら白い息とともに口から零れた。
「好きだ」
僕はこの綺麗な雪が子供の時から好きだったんだ。
あの頃に思いを馳せるよう上を向いていると、真っ白な雪の中に何やら別の色の雪が混ざっている事に気がつく。
それは次第に増えまたも僕たちを囲むように勢いを増していき、すっかり僕の視界は白から桃色へと変化した。
「早乙女さん、これって」
前を向くと顔を上げ頬を桃色に染め上げた早乙女さんが、頬に手を当てながら身じろいでいた。
そんな早乙女さんを見た時あのじいちゃんの言葉が頭に過ぎる。
『桃色の吹雪、あれは雪女が起こす現象なんだ』
つまり今僕達はあの桃色の吹雪の下に好きな女の子といるということになるわけか……。
その事実を理解した瞬間僕の頬は触れた雪が一瞬にして溶けてしまうほどの熱を帯び、早乙女さんを直視することが出来ず下を向いてしまう。
ずっと興味のなかった言い伝えが今僕の身に起きるなんて誰が思うのか、それを起こしてるのがずっと会いたかった娘なんて誰が思うか。
信じられないほどの奇跡に頭が混乱してしまう。頭に当たってるはずの雪は僕の熱を冷ますことなく寧ろ温かく包み込んでくれていた。
どうすることも出来ずただ強く拳を握っていると、突然白く冷たい手が僕の手を掴んで上げた。
それに釣られるように顔をあげると、顔を真っ赤にしながらも真っ直ぐな目で僕を見る早乙女さんがいた。
「ねえこれどういう事か知ってるよね。君の気持ち教えてよ。」
震えながら出したその声は、今にもこの吹雪で覆われてしまうのではと思うほど小さな声だった。
同時に溶けることの無い芯があるようにも聞こえる声だった。
この告白に今度はちゃんと答えなければいけない、混乱した頭を正常に戻し、真っ直ぐ彼女の目を見て。
「早乙女……ゆきちゃん、僕の気持ちはあの頃から変わってないよ」
あの時言えなかった想い、居なくなって初めて実感したこの想いを。
「僕はずっと君に会いたかったんだ」
僕の言葉にゆきちゃんは目を大きく開けた、そのまま手を強く握って【桃色の吹雪の下】告げる。
「貴方が好きです」
ゆきちゃんの目から大粒の涙が零れる、それを吹雪が攫う前に指で拭ってあげた。
あの頃と同じように、その涙を。
もし宜しければ反応を貰えますと大変喜び次への活力となりますので、是非ともよろしくお願いします!




