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第8話<すれ違い>


目の前には情けない顔のまま黙っているカミサマ。その顔のまま、カミサマの手が私に頬に伸ばされる。

びっくりして身体を引いたけど、カミサマは最初からそれを予測していたのか、正確に私の頬に触れた。


「っ!」


冷たい指先が私の頬を撫でる。その感触に身を震わせれば、カミサマが痛そうな顔をした。


『切れちゃいましたね……』


カミサマの指が頬の傷に触れる。何度も撫でるように触られているうちに、頬の傷がじんわりと熱くなった。びっくりして触ってみれば、そこには傷は見当たらない。窓に顔を映して見ると傷は綺麗に消えていた。


『傷は綺麗に治しておきました。痕も残らないので安心してください』

「…………」


満面の笑みでそんなことを言われ、私は唖然とした。

今、なんと言った? 傷を治したとか言った?

――そんなことができるなら。


「……いよ」

『え? なんですか?』

「治せるんなら新城君の怪我も治しなさいよ!」


憤って叫んだ私を、カミサマが不思議そうな顔をする。私はそれを信じられない思いで見つめた。


『どうしてですか?』


そう聞くカミサマは心底不思議そうだった。まるでそんなこと、思いつかなかったとでもいうような表情で。

私はそれが信じられなかった。どうしてカミサマが不思議そうにしているのか、なんで新城君を助けるということを思いつかないのかが分からなかった。


「どうしてって……だって、私の傷を治してくれたでしょ……?」

『柚季ちゃんの傷を治すのは当たり前でしょう? どうして僕が彼の傷を治さなきゃいけないんですか?』


その言葉に、背中に嫌な汗が伝った。本気で言っているのだろうか。

私はカミサマの顔を覗き込み、カミサマが言葉以上の感情を持っていないと気づいたとき――私は戦慄した。

カミサマは本当に、私だから治したんだ。新城君のことをなんとも思っていないから、傷のことも気づかなかった。……ううん。最初から目にも入ってなかったんだ。


『そうだ! あんな危ないことは二度としないでくださいね』

「……え?」

『肝が冷えましたよ。……まったく。あの男を懲らしめるためだったのに……』


最後の呟き声に、私は固まった。


今、この男は何と言った……?


目の前に居る男は心配そうに私の身を案じる。だけどそれと同時に、私以外の誰かを傷つけるような事をした。

この人は誰だろう。この人は何だろう。――私が見ていたこの人は。

急に怖いと思った。カミサマが知らない誰かに思えて。


「……カミサマがやったの?」

『え?』

「さっきの、カミサマがやったの?」


問い詰めるように聞けば、カミサマが困ったような顔をした。

――それが答えだった。

一歩、カミサマから後ずさる。それを見たカミサマが驚いたように軽く目を見張った。

分からなくなった。カミサマのことが。今まで私が見ていたカミサマは、本当のカミサマだったのだろうか。


『柚季ちゃん……?』


カミサマの目が不安そうに揺れる。前ならそれに心が揺れたけど、今は何も思わなかった。心がカラカラに渇いている。

唐突に、誰かが言っていた言葉を思い出す。


――神と人は違うもの。決して相容れないもの。互いを理解しあうなど、所詮しょせん無理な話なのだ――


これは誰の言葉だったんだっけ。


『怒っているんですか?』

「……違う」

『でも顔が怒っているようですよ?』

「そうじゃなくて!」


そうではなくて。どうして分かってくれないのだろうか。この理不尽な現実に。

カミサマが気に入らないからといって怪我を負わせていいはずがない。私が守られたのは神様が私を気に入っているからだ。

それはとても神らしい考えなのかもしれない。人の考えを超越した、彼ら独自の価値観。

それに従った結果がこれなのかもしれなかった。

もどかしい思いを抱えながら黙り込む私に、カミサマは悲しそうな顔をする。それがまた私を打ちのめした。


「分からないんだね……」


カミサマにはこの理不尽が。私が怒っている理由が。――カミサマを恐れる気持ちが。

生まれて初めて、目の前のカミサマが恐いと思った。そして思い知る。人とは違う存在ものだったことを。

こんな単純なこと、どうして私は忘れていたんだろう。ううん。目につかないから気づかなかったんだ。


「私、カミサマのことが分からないよ」

『っ、』

「何を考えているのかも。どうしてこんな事をできるのかも」

『…………』


カミサマをまっすぐに見つめる。この人に感じていた安心感は何だったんだろう。


「……カミサマが分からないよ」


呟く私に、カミサマが目を見開く。

揺れるその瞳が悲しそうに見えたのは、私の錯覚なのだろうか――。






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