第4話<カミサマという存在>
私にかかわる人を威嚇し、天罰という名の嫌がらせをしようとするへんた…自称、神様。私の守り神だというけれど、本当は疫病神なんじゃないかなって最近は思っていたりする。
そもそもなんで私に憑いているんだろうか。
『なんですか? そんなに見つめて。僕に惚れちゃったんですか? もちろん僕だって柚季ちゃんのことを――』
「黙れ」
じっとカミサマを見つめながら考え事をしていたら、急に頬を染めて身体をくねくねと動かし始めた。その姿に思わず脱力。
やっぱり変なものに取り憑かれてるのかも。祓ったほうがいいかもしれない。私は真剣に考えた。
当たり前のように私のそばに居るからその存在を疑ったことはなかった。でも考えてみたらこいつほど、不可思議で意味不明な存在は居ないだろう。
誰も見えず触れず声を聞くこともない。私以外の誰も、カミサマの存在に気づくことはないのだ。
もしかしたら私にしか見えないから、カミサマは私のそばに居るのかもしれない。
「…じゃあなんで私には見えるんだろう?」
突き詰めれば、疑問は結局そこに行き着くわけで。それに対する明確な答えを私は持っていなかった。
私は肝心のカミサマと出会った日のことを覚えていない。正確には思い出せないのだ。
迷子になった時、手を引いてくれたのがカミサマだということは知っている。でもその前にどこかで会ったような気がするのだ。もっと違う場所で。
理由は分からないけど理解かるのだ。
「記憶力には自信があったんだけどなぁ…」
カミサマを睨みながら過去を思い出そうとするけど何も出てこなかった。こんなおかしな人、忘れたくても忘れなそうなのに。
カミサマのムカつくくらい整った顔を睨みつければカミサマは不思議そうに見返してくる。そうしてるとまるで人間みたいだ。
さっき見た斬れそうなほどの威圧感は鳴りを潜め、代わりに穏やかな優しい空気がカミサマの周りを取り囲む。
『そんなに見つめていなくたってどこにも行きませんよ』
私が見ている理由をどう解釈したのかは謎だが、カミサマは優しく笑いながらそんなことを言った。
――僕がそばに居ますよ。
記憶の中の誰かが私に囁く。それはずっと昔、私が思い出せない過去に出会った誰か。
その人が誰かなんて分からない。でも、それはたぶん…。
「…ねぇ、」
『なんですか?』
「私たち、どこで会ったの?」
カミサマにとってこれは意外な質問だったんだろう。目を丸くして私を見つめ返す。それから困ったような顔をした。
どう答えたらいいのか悩んでいるような顔。私はそれを見て確信する。
カミサマは知ってる。私が忘れている何かを。
『柚季ちゃんを家に送り届けた時ですよ』
「嘘。その前にも会ってるんでしょ?」
『っ、』
私の言葉にカミサマは今度こそ目を見開いて驚いた顔をした。それから視線を逸らす。
その行動がひどく苛立たしかった。カミサマは分かってるのに私だけが知らないなんて。そんな子供染みた感情。
カミサマは私の頭を優しく撫でる。まるで小さい子を宥めるかのように。
『柚季ちゃん…』
「……なによ、」
哀れなものを見るような目。それが嫌で一歩離れれば、カミサマは目頭を押さえるような行動をした。
『幻覚を見るなんてよっぽど疲れてるんですね』
「は?」
『だからあまり遅くまで本を読んではいけないと言ったじゃないですか。睡眠不足はお肌の大敵ですよ?』
最初、何を言われたのか分からなかった。それからふつふつと怒りが湧き起こる。
はぐらかされた。
言いたいくないならそう言えばいいのに。こうやってごまかすなんて。
『今日は早く寝るんですよ? 柚季ちゃんの綺麗な肌が荒れでもしたら大変ですからね』
「もういい」
何も言うつもりがないらしいカミサマに背を向けると、私は教室へと歩き出した。ふんだ。カミサマなんて知らないもんね。
私は振り返らなかった。――だから気づかなかった。
カミサマが泣きそうな、寂しそうな顔をしていることに。
『自分で思い出さなきゃ、意味がないんですよ――…』