第9話 アイテムボックス
その老人は、年の割り引き締まった大きな身体をしていて、白髪を短く切り揃えた緑の目の男だった。疲れた様子で酒の入ったグラスを傾けているけれど、どこか油断のならない気配を纏っている。
貴族と言うより、戦士という感じね。
私が窓辺にいることは気づいているはず。それなのになにも反応がないのは、こちらの反応を探っているというところかしら。
困ったわ。こういう駆け引きは苦手なのよね。
はぁー。
私と老人がため息をついたのは同時だった。
不思議に思っていると、老人は立ち上がって私がいる窓へ歩いて来た。
十秒ほどお互い無言で見つめ合った。
「………入れ」
老人はそう言うと、またソファへ戻って行った。
なにかしら。警戒を解いたということ?
私は室内に入り、ソファの前にあるテーブルへと降り立った。そして、老人に向かって手紙が結ばれた足を差し出した。
「まったく。お前さんのような鳥を遣いに寄越すとは。お前さんの主はどういうつもりだ」
どういう意味かしら。
不思議に思っていると、私の足から手紙を取った老人はため息をついた。そして、手紙を開いた直後に驚きに目を見開き、何度も手紙を読み返した。目尻に涙が浮かんでいる。
「お前さんはミシェルの遣いだったか!元気にしておるようで、なによりだわい。ガッハッハ。よし、すぐに返事を書いてやる。少し待て」
そう言って、老人はウキウキと机に向かった。何度か手紙を書き直して、嬉しそうに書き上げた手紙を私の足に結んだ。
結んでから、しまった!と声を上げた。
「お前さん、疲れておるだろう。今夜はここで休んで、明日の朝出発してはどうだ?」
ふふ。いまさらそんなこと言うの?私は大丈夫よ。すぐに届けてあげるわ。
オロオロと私の様子を伺う老人を横目に、私はさっき入って来た窓辺へ飛び移った。そして、夜空へと飛び立った。
○○○
朝、目が覚めると、すでにお母さんとお父さんはベッドにいなかった。
外はまだ薄暗い。
眠い目をこすりながらベッドを降りて居間へ向かうと、お母さんとお父さんはテーブルに着いてお茶を飲んでいた。
わたしを見ると、ふたりとも優しい笑顔を浮かべた。
「おはよう、ルルアーナ。早いわね」
「もう少し寝ていてもいいんだぞ?」
「おはよー、おかーしゃん、おとーしゃん。ねんねはいらにゃい」
居間を見回すと、汚れた物や壊れた物が隅にまとめられていて、空いたスペースにティガが丸くなっていた。
ふわあっ。可愛い!
声が出そうになって、慌てて両手で口を押さえた。
ティガは目を閉じている。寝てるのかな?でも耳がピクピク動いてるから、起きてるのかな?
「ルルアーナ。いつでも出発できるように準備をするよ」
「あい、おかーしゃん」
いつまでもティガを眺めているわけにはいかないので、お母さんのそばに行った。
「まずはお着替えをしましょうね。それから、持って行く物をひとつだけ選んで」
「ひとちゅだけ?」
「そうよ。たくさんは持って行けないの」
「うう〜」
言われてることはわかるけど、わかりたくない。
なんとか、方法はないのかな。お母さんが縫ってくれた可愛い服は全部持って行きたい。旅の間に使うような、細々とした物も持って行きたい。わたし専用の食器も置いて行きたくない。
『それならば、アイテムボックスという魔法があるぞ』
頭の中にティガの声が響いてびっくりした。
ティガを見ると、お尻を高く上げて伸びをしていた。
あぁ、なんて素敵なボディライン!
『ルルアーナ、アイテムボックスという空間を操る魔法を知っているか?異空間に物を収納する魔法で、術者の任意で出し入れが可能だ。寝室で試してみるか?』
うん!やる。やってみたい!
「おかーしゃん、おへやできがえしゅる!」
「わかったわ。行きましょうか」
………あ、そうか。わたし、まだひとりで着替えできないんだった。
お母さんはわたしを抱き上げて寝室へ向かい、動きやすそうなシャツとズボンに着替えさせてくれた。
あとは、ひとりで持って行く物を選ぶと言うと、お母さんは寝室を出て行き、代わりにティガが入って来た。
『では、魔法を試すか』
うん!
『アイテムボックスは、そうだな………そのカバンの底が抜けていて、いくらでも入るようなイメージだ』
ティガが前足で床に落ちていたわたしのポーチを差した。ポーチは肩に斜めがけするタイプの形で、綺麗な黄色だったのに靴の跡がついていた。手で叩くと、幸い靴の跡が取れた。よかった。
ポーチの上蓋を開けると、中にその辺にあった自分のワンピースを突っ込んだ。当然、それほど大きくないポーチには入り切らずにはみ出ている。
『ルルアーナ、イメージだ』
さっきのティガの言葉を頭に思い浮かべた。ポーチの底が抜けていて、いくらでも入るイメージ。
………強く、強くイメージしていると、ワンピースがすぽんっとポーチの中へ入った。ワンピースを押し込んでいた手がポーチに肘まで入っている。
『成功だな。次は、服を引っ張り出してみろ』
言われるがままワンピースを掴んでいた手をそのまま引っ張ると、ワンピースと腕はなんの問題もなくポーチから出てきた。




