第8話 アルベルティーナ
私の名前はアルベルティーナ。この星シュトラウスの神よ。
まだシュトラウスが若かった頃に夫のダンケルティーガとやって来て、それからずっとシュトラウスを見守ってきたわ。
シュトラウスには生き物の血管にあたる竜脈があり、生き物の命が尽きるとその記憶とエネルギーが竜脈に還る。そして時が巡れば、竜脈から命が生まれる。その循環を繰り返すことでシュトラウスは成長し、多くの命を抱えることができるようになった。
ある日、私とダンケルティーガは衝撃的な場面を目撃した。本当に偶然だった。
手足を鎖に繋がれながら、竜脈に突き落とされたひとりの少女。その少女を笑いながら見つめる集団。
人間が、儀式と称して自分たちに生き物を捧げていることは知っていた。だけど、こんなのは知らない。魂が悲痛な叫びをあげる、こんな儀式なんて求めたことはない。
竜脈に落とされた少女を助けたかった。だけど、少女の身体はあっという間に竜脈に溶け、流され、魂ごと飲み込まれた。救い出すことはできなかった。
それからしばらくの間、私は悲しみに暮れた。泣く私を、ダンケルティーガが優しく慰めてくれた。
そして、見つけた。あの、光り輝く魂を。もう後悔するようなことはしたくない。
ダンケルティーガと、大事に、大事に守っていこうと決めた。
いま、私は空を飛んでいる。青い翼を広げ、風を受け、手紙を運ぶという役目を果たすために飛んでいる。あの子の役に立てることがたまらなく嬉しい。
○○○
アルに手紙を託したあと、わたしたちはフィリルの宿屋に一泊し、翌日の朝に街を出てプルフ村へ帰った。
せっかく街まで行ったからと、お父さんはプルフの村長にお土産のお酒を買っていた。そのお酒を持って村長宅を訪れたわたしたちに、村長はわたしたちを自分の家に招き入れることもなく話し出した。
「本当にすまない。君たちに貸している家が売れたんだ。あと三日で荷物をまとめて出ていってほしい」
わけがわからない。
あの赤い屋根の家は、お金を払って借りているんだよね。その状態の家を、家主の都合でほかの人に売るなんてできるの?
「待ってください。その、家を買ったというのはどなたなんですか?俺たちがいまも住んでいるのに、三日で出て行けなんて乱暴な話じゃありませんか?」
お父さんが動揺を堪えながら言った。
「家を買ったのは貴族様だ。昨日、ふらりと村を訪れて、あの家を見て気に入られたんだ。わかってくれ。貴族様の頼みを断るなんて、とてもじゃないができなかった」
え、貴族がプルフ村の家を買ってどうするの?ここは観光地じゃないし、保養地でもない。ありふれた人口三百人ほどの小さな村で、畑と森があるだけで、特に見る物もないでしょ。
「貴族様の三男の方が冒険者活動をされていて、村にいらしたときにあの家を見て気に入られたんだよ。活動拠点にされるそうだよ」
やっぱり、よくわからない。貴族の三男が冒険者になるのは、まあ、いいと思う。でも、なんで活動拠点をプルフ村にするの?プルフ村でなにするの?
「四日後に仲間を連れて引っ越して来るとおっしゃっていたが、あの様子だと、もっと早く来るかもしれないな」
「わかりました。明日、出て行きます。お世話になりました。これはフィリルの土産です。どうぞ」
なにを言っても、話が覆らないと悟ったのだろう。お父さんは村長にお酒を押しつけると、赤い屋根の家に向かって歩き出した。
家に帰ると、玄関の扉が壊されていた。鍵が開けられなくて、中に入るために扉を壊したのだと思う。家の中は荒らされていた。台所は無事だったけど、寝室も、物置も、ほかの部屋も、しまってあった物が出されて踏み荒らされてグチャグチャだった。
まるで、強盗に荒らされたみたい。
うちで唯一、高価な物と言えば、わたしが作ったエメラルドだけ。そのエメラルドは巾着に入れてお父さんが持っているから、荒らされた以外に被害はなかった。
でも、服も日用品も、どれもこれも思い入れのある物ばかり。足跡がついているのを見ると、悲しい気持ちになる。
なんとか寝室を眠れる状態にして、簡単なご飯を食べて眠れる状態にしたときには疲れていた。
○○○
夜空を星の明かりを頼りに飛び、私は予定より速くグリーシャ辺境伯の領都へたどり着いた。
領都グレゼは高い壁に囲まれた城塞都市だった。魔物への備えが必要な土地ということなのね。
グレゼの中心には城があった。うん。グリーシャ辺境伯がいるのはあそこね。
私は目標を定め、風に乗った。
気配察知をすると、一際大きな気配を見つけた。カーテンの隙間から室内を覗くと、中は寝室だった。大きなベッドと、少し離れた場所に応接セットが置かれている。
その応接セットのソファにどっかりと座り、グラスを傾けているひとりの老人がいた。どこか、ルルアーナの母親に面影が似ている。




