第42話 ラグナ騎士団長の振り返り
私はイーリス・ラグナ。ラングレー騎士団の騎士団長の任に就いている。
ラングレー騎士団とは、ファルース国のグリーシャ辺境伯領を治めるラングレー家に仕える騎士団だ。
グリーシャ辺境伯領は北の地にあり、魔物が多く住む森を有している。そのため、グリーシャ辺境伯領の騎士も兵士もレベルが高い。
そんな騎士たちを取りまとめるのが騎士団長であり、私というわけだ。
そんなわたしが辺境の地を離れ、セスト国と国境を接するダフネの町にいるのは、お仕えするラングレー家のためであり、大旦那様であるオルクス様をお守りするため。
数日前、大旦那様は妙な手紙を受け取った。その手紙は、家出されて久しいミシェルお嬢様からのもので。勝手にラングレー騎士団を退団し、ミシェルお嬢様と共に姿をくらませたアストラ・ドーンとの間に生まれた娘を保護してほしい、という内容だった。
手紙自体は何の変哲もない普通の紙に書かれていた。妙と言うのは、深夜、大旦那様の寝室に直接、鳥を使って届けられたことだ。
普通の鳥は夜目が効かない。陽が落ちてから飛べる鳥など、私は知らない。返事を持って、夜のうちに飛び立っていく鳥が、普通の鳥であるわけがない。
鳥を見送ってすぐ、大旦那様はすぐに旅支度を整えて寝室を飛び出した。廊下で見回りの兵士に出会わなければ、お一人で出発していたことだろう。
騎士総出で大旦那様をお止めしている間に、私イーリス・ラグナとロッシェ・オルトが旅支度を整え大旦那様にお供することができた。
旅立つときに早馬ではなく軍馬を用意させたのは、大旦那様の無茶な走りに耐えられるのは軍馬しかいないとの判断だ。
予想は正しかった。幾度も馬が潰れるような無茶な走りをするより、頑丈で主の無茶に応えてくれる軍馬を回復しながら走れせる方が早くダフネへ着くことができた。
ミシェルお嬢様が家出をされてからすっかり覇気がなかった大旦那様は、この過酷な旅の間にもやつれることはなく、むしろ生き生きとした表情へと変わっていった。
途中、大旦那様を羽交い絞めにした挙句、ロープで縛り上げてダフネの町の領主邸まで連れて来るというハプニングはあったが、そのときの鬼の形相は忘れられない………。
そして、ようやく待ちわびたミシェルお嬢様様とそのお子であるルルアーナ様との時間を過ごせることになり、本当によかったと思う。
ところが、領主邸の応接室で和やかに過ごしていたはずの大旦那様が勢いよく扉を開けて、取り乱した様子で叫んだ。
「すぐに医者を呼べ!ルルアーナが倒れた!」
なにが起こったのか………。
応接室からルルアーナ様を抱えた男が出て来た。なぜ、ルルアーナを抱いているのがミシェル様でもなく、アストラでもないのか?この男は何者だ。
「そこのお前、ルルアーナを休ませる。部屋へ案内しろ」
騎士であるこの私に、道案内をせよと言うのか?
「ティガ様、ルルアーナはどうしたんですか?私のせいでしょうか?!」
ティガ呼ばれた男に、ミシェル様がポロポロ泣きながら問いかけている。
ふと、応接室の床に煌めく物が見えた。思わず目を凝らすと、それが、なんとも巨大なピンクダイヤであることに気づいた。
ギョッとしたわたしに気づいた大旦那様が扉を閉め、アストラに部屋を片付けるように指示を出した。
渋々、応接室に戻っていくアストラ。
そして、大旦那様の声を聞きつけてやって来たメイドが、ミシェル様のために用意された客室へと案内してくれた。
ルルアーナ様の様子も気になるが、私は大旦那様に「アストラが出てくるまでは、誰も応接室にいれるな」との命令を受けて動くことができない。
私の代わりに、ルルアーナお嬢様様にはロッシェが付き添った。
あいつはまだ若いが優秀な騎士だ。今回の強行軍も、一言も音を上げなかった。しっかりとルルアーナお嬢様をお守りするだろう。
○○○
気がつくと、ふかふかのベッドに横になっていた。プルフ村で使っていた藁にシーツを被せただけの布団ではなく、途中の宿屋で使った薄い布団でもなく、身体が沈んでしまいそうになるくらいふかふかの布団だった。
「………あ、あぁ、ルルアーナ!」
泣き腫らし顔のお母さんが、わたしに抱きついてきた。
ドタドタッ
お母さんの声を聞いたらしいお父さんがやって来て、お母さんの背中をさすりながらわたしを見下ろしている。
どうして、お母さんは泣いてるの?
どうしてお父さんも泣きそうなの?
どうしてわたしは、こんな立派な部屋でベッドに寝かされてるの?
と、そこまで考えて、さっきのことを思い出した。そうだ。わたし、気を失ったんだ。
ピンクダイヤを作って、お母さんにあげようとしたら受け取ってもらえなくて………いや、でも、いくらショックだったとしても、気を失うほどのことじゃないよね?
そういえば、ティガとアルがいない。ふたりはどこ?
「おかーしゃん。てぃがはどこ?」
「ティガ様とアル様は、席を外してくださっているわ。親子で過ごすように、と」
そう言うお父さんは、シャツの袖で乱暴に涙を拭った。
そっか。ティガとアルはいないのか。
「ティガ様は、ルルアーナは魔力を使いすぎただけ仰っていたよ。休めば大丈夫だと。だけど、ルルアーナ。痛いところはない?苦しくはない?」
「あい。だいじょぶ」
わたしの言葉を聞いて、お父さんは深く息を吐き出した。
「そうか。よかったよ。だけどね、ルルアーナ。本当なら、ルルアーナが魔法を使えるようになるのは五歳になってからのはずなんだ。それだって、身体の負担にならないように、簡単な魔法から少しづつ練習して使えるようになるものなんだよ」
お父さんがそこまで話したところで、お母さんが顔を上げた。顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
お父さんがお母さんにスッとハンカチを渡し、お母さんは鼻をかんだ。
「たぶん、私とアスラは、ルルアーナが魔法を使えことに慣れすぎちゃっていたのね。魔法を使いすぎる危険は分かっていたはずなのに、ルルアーナに教えてあげることもしなかった。私たちは親なんだから、ルルアーナを守ってあげなきゃいけなかったのに!ごめんね、ルルアーナ」
んん?どういうこと?
「ルルアーナはね、魔法を使いすぎて倒れたんだよ」
なんと!
魔力は使いすぎると倒れるの?!




