第36話 セスト国を出国
「さて。出発するか」
キリッとした表情で言うティガだけど、さっきの様子が脳裏から離れないので、凛々しいというよりは強がっているように思えてしまい、可愛らしく見えてしまう不思議。
ビクリとティガの肩が震えた。
ふふっ。いつものクセで、わたしの思考を読んでいるんだろうなぁ。
そんなことを考えつつ、いつも通りティガの左腕にわたしは座っている。アルは定位置の、ティガの肩の上だよ。
客室の中に忘れ物がないことを確認して退室し、わたしたちはカウンターで鍵を返した。宿屋を出ると、すでに通りには人や馬車が行き交っていて賑やかだった。
昨日、泊まった宿屋はレウリコの町の北区にあるんだけど。ここから国境を越えてダフネの町へ向かう乗り場は南区にあるので、わたしたちはレウリコの中心街を抜けて南区へ向かった。
工事建設に携わる肉体労働者の多くは東区の集合住宅に住んでいて、中心街を通ってそれぞれの仕事場へと散って行く。だから、朝夕の通勤時間帯は道が混んで治安が悪くなるので注意するように。と、宿屋を出たところで出会った兵士が言っていた。
中心街は聞いていた以上の混み具合で、町の中を走る馬車の渋滞が起きていた。
そして、作業着姿の男たちがティガを見ると嬉しそうに笑って去って行くのが、わたしをなんとも言えない気持ちにさせる。
これたぶん、労働者たちの中でティガが重病人、重傷人を助けた話が広まっていて、ティガに対する感謝の気持ちで男たちはあの表情になっているんだと思う。気持ち悪いけど。
対するティガは、フードの中で心底嫌そうな顔をしていて、何度もため息をついていた。
そんなことをしながらダフネ行きの馬車乗り場にやって来たわたしたちを、見覚えのある顔が出迎えてくれた。
「じゅーどいりゅ!」
ジュードは、父親と、労働者たちのリーダーと一緒だった。
「ティガ様、昨日はありがとうございました」
「いや、大したことはしていない」
「そんなことないです。父さんや、他の皆も元気にしてもらえて、皆、本当に喜んでるんです。あ、俺の父さんを紹介します。ダルガです」
ジュードは、自分の右隣にいた男性を紹介してくれた。ブカブカの服を着ていてやせ細ってはいるのが見てわかるけど、表情が明るく未来への希望に輝いているように見える。
「息子から話を聞きました。ダルガです。なんとお礼すればいいのかわかりませんが、感謝しています」
そう言って、ダルガはガバっと頭を下げた。あの細い身体でよくふらつかないな、と感心してしまうほど勢いのあるお辞儀だった。
「ティガ様。俺はディエゴと言います。出稼ぎ労働者の纏め役をやってます。昨日は失礼な態度をとって申し訳ありませんでした」
あれ。「ディエゴ」って、聞き覚えのある名前だな?
『ダルガのことを手紙でジュードに知らせたのが、ディエゴよ』
あ、そうだった。昨日、ジュードが「ディエゴ」から手紙をもらったって話していたね。この人がそうなんだ?
ディエゴは、年の頃は四十代半ばという感じで、顔は他の男たちと同じようにいかつく、身体は筋肉の塊のよう。身長はティガと同じくらいあって、圧迫感がある。で、獣人………。
「礼はいい。その代わり、ルルアーナが助けを求めたときには手を貸してほしい」
「もちろんです。俺たちの力が必要になったときは、いつでも声をかけてください」
そう言うディエゴの顔は、大きな悩みのひとつが解消したようで、スッキリとしていた。いかつい顔も、いまは恐くない。
チラリとジュードを見ると、父親のダルガと一緒に、お母さんとお父さんにお礼を言っていた。これまで見た中で、ジュードは一番表情が明るい。お父さんさんに会えたこと、お父さんが元気になったことが嬉しいんだろうなぁ。
そして、それぞれ別れを告げてわたしたちは乗合馬車に乗り込んだ。出発の時間になっても他の乗客が来なかったので、客はわたしたちだけだった。
セスト国とファルース国との間の国境は、石造りのしっかりした造りの砦だった。草原の中にポツンと建っていて、多くは商人の馬車が行き交っていた。旅行者は、ほとんど見かけない。
だからか、関所での調査に時間がかかっていた。お父さんがビックホーンブルの革を持っていたことも影響していると思う。
「ビックホーンブルを狩れる実力を持った冒険者が、こんな小さな子供を連れてファルース国へ行くとはな。もしや、なにか追われることをしたのか?」
違った。わたしのせいだった。
「私たち夫婦は元々ファルース国出身で、今回は里帰りなんですよ。ビックホーンブルの革は途中で売って、実家へのお土産にしようと思っていたんですが………正直、荷物に感じまして。どこかで引き取ってもらおうと考えています」
「なるほどな。それなら、俺がもらってやるぜ」
国境警備隊の兵士がそう言ってきたので、お父さんは素直にビックホーンブルの革を渡した。兵士は満足そうに笑い、ファルース国へ続く扉を開けてくれた。
そうしてわたしたちは、静かにセスト国を出た。




