第35話 ティガが可愛い
アルベルティーナ様は気まずそうに視線を逸らし、ダンケルティーガ様はコップを床に置いて、両手でわたしの手を取った。大きくて、優しくて、温かい手だ。
ダンケルティーガ様とわたしは隣に並んで床に座っていたけれど、ダンケルティーガは姿勢を正して、わたしと向かい合うようにした。
「ルルアーナ、このことは、わざと隠していたわけではないのだ。………そうだな。ルルアーナが幸せな思い出でいっぱいになった頃に、話そうと思っていた」
ダンケルティーガ様の声には迷いが現れている。けれど、誠実であろうと努力しているような、そんな感じだ。
幸せな思い出?それは、大事なことなの?
「もちろんだ。私とアルベルティーナの加護を受けると言うことは、いいことばかりではない。こんなことを言いたくはないが、この先、辛い出来事が起こりルルアーナを傷つけるだろう。ルルアーナを利用しようと近づく者、嫉妬する者、己の欲望を満たすためにルルアーナを手に入れようとする者………様々な理由で傷つけてくる者がいるだろう。だが、人は、幸せな思い出があれば、壁を乗り越える力を手にできる」
そうかな?
そうは言うけど、人の悪意に晒されない人間なんているかな?壁にぶつからない、なんてことがある?誰だって、どんな優れた能力や魅力を持つ人だって、嫌な思いをすることはあるよね。
「ルルアーナ、私は神だ。アルベルティーナと共に多くの人間の人生を見守ってきた。人間も、魔族も、獣も、魔物も、植物さえも、経験を経て、壁を乗り越える力を手に入れる」
え、魔族がいるの?それじゃあ、魔族が暮らす魔大陸があるって本当かな?!
ああ、違う!ダンケルティーガ様の言うことに集中しなくちゃ。
ダンケルティーガ様は、幸せな思い出が【鍵】だと言っているんだよね?
「そうだ。壁を乗り越えるには、幸せな思い出と共に魂の強さが必要だ。だが、ルルアーナの魂はなんと言うか………歪んでいる」
??
「私がルルアーナの魂を見つけたとき、ルルアーナの魂は竜脈を漂っていた。なぜそうなったのかわからない。肉体も、記憶も、すでに竜脈に溶けたあとだったが、魂は残っていた。微かな光を放ち、生きたいと主張する魂を、私は拾い上げた。もしかしたら、あのまま溶けてしまえば、自然と輪廻の輪へ戻れたのかもしれん。私が拾い上げたことで、不幸な道へ落としてしまったのかもしれん。そう思うと、目を離せなくなった。そばにいて、見守りたいと思うようになった」
………ダンケルティーガ様、泣きそう。
「これは、私の罪だ。ルルアーナを不幸にするかもしれないとわかっていて、手離すことができない」
思わず、ダンケルティーガ様に握られた自分の手を見下ろした。ダンケルティーガ様の手が震えていた。
ダンケルティーガ様。わたしは、ダンケルティーガ様に会えてよかったよ。幸せな思い出をいっぱいもらったよ。だから、そんな風に泣かないで。わたしは大丈夫だから。
「ううっ」
すでに見てしまったけど、ダンケルティーガ様は手を離してフードを被り泣き顔を隠した。そして身体を丸めてわたしに抱きついてきた。
わたしはダンケルティーガ様の………ティガの頭を抱えて、その大きな背中をさすった。
○○○
いま、わたしの目の前にはフードを深く被り、土下座をしたティガがいる。
………土下座をするなら、フードは取るべきじゃないかな。
『あたしもそう思う』
わたしの隣にいたライラが、シュッと飛んでいってティガのフードを脱がした。
「あぁっ!」
慌てて、両手で顔を覆うティガ。
「見るな!」
「 ………」
『………』
男らしかったはずのティガが、可愛らしくある不思議。
「顔だけは見ないでくれ!」
泣き腫らした顔がよほど恥ずかしいらしく、ティガは顔を見せてくれない。でも、わたしに謝罪はしたいということで、さっきの土下座になったわけだけど………ティガが可愛い。
アルは、ベッドの上からティガに向けて生暖かい視線を送っている。
まるで、猫になれば泣き顔なんてわからないのに。と言っているみたい。
「そうか!」
と言ったティガが猫の姿になったのは、そのすぐ後だった。




