第29話 獣人
わたしはティガに抱きついたままだったので、ぐいっと顔を上に向けてティガの顔を見上げた。そしてティガの服を掴んで引っ張り、注意を自分に向ける。
ティガはわたしを見下ろし、綺麗な顔で微笑んだ。フードをかぶっていても、わたしの位置からは顔がよく見える。
「ルルアーナ、心配はいらない。アルは手紙を届けるという仕事があるから、しばらくはあの姿のままだ」
ということは、鳥の姿のままということ?
「そうだ。ルルアーナは鳥のアルが好きだろう?」
うん。大好き!さらさらしていて、綺麗で可愛くて、お仕事もできるなんて有能だよね。
「そういうわけだ。アル、お前はしばらくそのままだ」
そう言って、ティガはわたしを抱きしめていた左腕を肘を曲げた状態で水平に上げた。右腕はわたしの身体に回されているので、ティガの膝の上から落ちることはない。
その時、開けたままの窓から姿を消したアルが飛び込んできて、上にあげたティガの左腕に止まった。
それまで独り言を言っているようだったティガに、警戒の表情をしていたお母さんたちは、ティガの左腕に止まった瞬間にアルが姿を現したので驚いた表情に変わった。
特にジュードは、ベッドの中で飛び跳ねた。びっくりしすぎて、パニックになっているようにも見える。
ティガ、お母さんたちに自己紹介してアルのこともジュードに紹介してね。ジュードが可哀想なくらい怯えているよ。
「ふむ、いいだろう。お前たち、私の名はティガだ。ルルアーナの要望に応えて姿を現した」
え?ちがっ………いや、違わないんだっけ?わたしがオルクスひいおじい様会いたいと願ったからティガが来てくれて、それで、人の姿になって………こうなったんだっけ?
「あの、本当にティガ様、なのですか?お顔を見せていただくことはできますか?」
「いまは手が塞がっているのでだめだ。だが、アスラ。私の気配を探れば、私がティガだとわかるだろう」
「………そう、ですね。確かに、気配はティガ様のものです」
「で、あろう。さて、ジュードとやら。この鳥の名はアル。私のパートナーだ。よろしくな」
「あ、はい!ティガ様、よろしくお願いします」
突然、話しかけられたジュードは、ベッドの上で両手をついてガバっと頭を下げた。………あ、これ、土下座だ。初めて見たよ。
それにしても、どうしてジュードは初対面のティガに【様】をつけたんだろう?お母さんとお父さんには【様】付けはしないのに。
「ジュード、顔をあげなさい。それでは話がしにくいだろう」
「はい、ティガ様」
ティガに声をかけられたジュードは、スッと身体を起こすと綺麗な正座した。
ん〜?幻覚かな?ジュードの頭の上に茶色い垂れ耳が見えた気がする。
「ルルアーナ、幻覚ではないぞ。ジュードは犬獣人だ。耳がある」
「「「え?」」」
同時に声を上げたわたしとお母さんとお父さん。三人とも声に嬉しさが滲んでいる。
だってだって、獣人だよ?!こんなに魅力的な人種はいないよ!
「ルルアーナは獣人が好きなのか?」
「あい。ちゅき!」
わたしはジュードに聞かせるためにわざと声に出して言った。
ジュードを見ると、目を大きく見開いていた。
「獣人に会うのは久しぶりだわ。ジュード、私とアスラはファルース国のグリーシャ辺境伯領が出身なの。知っているかしら?グリーシャ辺境伯領ではヒト族以外の種族も一緒に生活しているのよ。だから、獣人の友達もいるのよ」
「ジュード、そんなに緊張しなくていいよ」
お母さんとお父さんの言葉に、ジュードはほんの少しだけ身体の力を抜いた。
「………グリーシャ辺境伯領の話は聞いたことがある。色んな種族が暮らしてるって。でも、噂なんだろ?」
「いや。本当だよ。俺の剣の師匠は狼獣人なんだ。身体能力が高くて、すごく強くてね。一瞬でも本気を出させることはできなかったな」
狼獣人?!すごい、会いたい!
「話は変わるけれど、ジュードはどうしてティガ様に【様】をつけてお名前を呼ぶの?」
あ、お母さん、わたしもそれ気になってた!
「それは、だって、ティガ様はヒト族じゃないだろ?」
ジュードは「なにを当たり前のことを言うんだ?」という顔をしている。
「あら。わかるの?」
「うん。獣の匂いがする。ティガ様は獣人なんだろ?それも、かなり強い」
そっか。ジュードはティガが獣人だと思って【様】を付けていたんだね。獣の匂いって………猫の姿をしていたせいかな?
でも、ティガが獣人だとして、どうして【様】を付けることになるの?ティガが強いから?
「獣人は、力の強い者が偉いんだ。本能的に、弱い者は強い者に従うんだよ。それに、あの格好………ティガ様は貴族だろ?」
まあ、ティガは神様だから、この世界の誰よりも偉いのは間違いないね。………貴族じゃないけど。
「ふむ。貴族ではないが、ジュードよりは立場は上だな」
「はい。わかっております、ティガ様」
「だが、【様】を付けて呼ぶ必要はない。他の者に聞かれたときに厄介なことになる」
「あ………はい。気をつけます」
そうだね。わざわざ魔法使いの格好をしたのに、ジュードに【様】付けで呼ばれていたら周りの人に誤解されちゃうよね。




