第23話 ビックホーンブルの討伐
俺は愛娘の言葉を受けて、森へ向かって走った。特に邪魔になるものがない草地をトップスピードで走ると、すぐに目的のものが見えた。
因縁の相手、ビックホーンブルだ。
脳裏に、腹が穿たれたときのことが過ぎる。あのとき、俺は決して油断はしていなかった。だが、やられてしまい、命の危機を瀕した。後悔した。もっとうまくやれたのではないかと。
幸い、通りかかったB級冒険者がビックホーンブルを倒してくれ、ミーアが全力で回復魔法をかけてくれたおかげで俺は助かった。
あれから、俺は騎士としての戦い方を捨てた。いや、冒険者らしい、泥臭い戦いを選んだと言ったほうが正しいか。
生き残るため、大切な人を守るためなら、泥に汚れても構わない。
いま、ルルアーナが俺に期待して待ってくれている。俺が獲物を狩り、無事に戻ることを望んでいる。
だから、負けられないんだ。
そして。ビックホーンブルに追い立てられ、ボロボロになりながら走って来た冒険者たちとすれ違った。まだ若い冒険者たちは、すれ違いざまに叫んだ。
「気をつけてください!」
そんなこと、わかっている。相手は、C級冒険者が数人で組んで狩るビックホーンブルだ。それなのに、いま、こちらには息を切らしたボロボロの少年がふたりと俺ひとり。
だが、気負いはない。
命より大切な妻と娘は、神様が守ってくれているからだ。俺になにかあっても、神様がいる。おかげで、心は穏やかだ。
ビックホーンブルは、その名の通り巨大な身体とツノを持つ牛だ。身体の表面は金属のように硬く、初心者が使う安物の剣では傷をつけることもできない。その分、防具としての人気が高い。実を言うと、俺の革鎧もビックホーンブルの革を使っている。
あいつの弱点は、腹と目、そして鼻の穴。
目か鼻の穴を狙いたいところだが、俺からは高い位置にあり、俺の技能では確実に仕留められるかわからない。
だから、狙うのは腹だ。
○○○
お父さんと、ビックホーンブルの戦いが始まった。
お父さんが突進してくるビックホーンブルを躱し、剣を振るう。着実に、確実に、ビックホーンブルを刻んでいく。
お父さんの近くにはビックホーンブルに追われて逃げていた冒険者がふたりいるけれど、見る限り、お父さんの邪魔になっている。ふたりを庇いながら戦うのは、お父さんの負担になっている。
こっちにいる女冒険者たちはビックホーンブルに怯んでいて、お父さんに加勢してくれるとは思えない。
どうしよう。いまは均衡が保てているけど、あっちにいる冒険者が隙を見せたら、お父さんが不利になっちゃう。
『私が殺ってやろうか』
あ、ティガ。姿を隠しながらお父さんの手伝いをしてもらうことはできる?
『………できるぞ』
『ルルアーナ、あたしにやらせて!』
え?
『だから、あたしが倒してやるって言ってるの!』
ライラは姿を隠して人に見られないように戦えるの?ライラが怪我をするのもだめだからね?
『え、ちょっと、それは、まだ無理かな………』
じゃあだめ。ティガお願い。
『任せよ』
ティガが応えると、森から街道に向かって風が吹いた。
ぶわあっ!
強風が吹いて、お父さんのそばにいた冒険者ふたりがよろけた。そこを見逃すビックホーンブルじゃない。後ろ脚を踏ん張り、姿勢を低くして突進の姿勢に入る。
お父さんは剣を振るってビックホーンブルのお腹を狙っているけど、攻めきれていない。
「危ない!」
冒険者のひとりが尻もちをつき、こちらにいる誰かが叫んだ。
そのとき、風と共に姿を現したティガが前足でビックホーンブルの顔をペチンッと叩いた。すると、ビックホーンブルは泡を吹いてふらりと横に倒れた。
「「「「え?」」」」
なにが起きたかわからないのか、こちらにいる女冒険者たちがとぼけた声を上げた。
お父さんも一瞬びっくりした様子だったけど、すぐに動いてビックホーンブルの目に剣を突き立てた。
そうそう。きちんとトドメを刺さないと危ないよね。
辺りにビックホーンブルの悲鳴が響き渡り、身体が大きく跳ねたあとに動かなくなった。
「ルルアーナ、お父さんのところに行くわよ。早く解体しないと、日が暮れてしまうわ」
「あい。じゅどもいこ?」
「え、俺も行くの?」
「あい。ぶるみりゅ」
「まあ、うん、いいけど」
というわけで、ジュードと繋いだままだった手を引っ張り歩き出した。




