第21話 ジュード
わたしは、生まれてから今まで駄々をこねたことがない、思う。そりゃあ子供だからお母さんとお父さんを困らせることはあったけど、だいぶ聞き分けのいい子供だった自信がある。うん。わたしはいい子だった。さっきまでは。
いまは?
ふっふーん!
なんとびっくり、子供らしく駄々をこねている。わがままを言って、手足をバタつかせて、泣いている。
それはどうしてか?
あの子を助けるという、自分の欲望に忠実になるため!
恥ずかしいという気持ちを捨てて、全力で泣いた。お腹に力を入れて、喉の奥から息を吐いて。
生まれたばかりの赤ん坊はまだ肺が育っていないから、どんなに大声でも猫の泣き声のようなか細い泣き声にしかならないの。
だけど二歳ともなると、周囲に響き渡る大声で泣くことができるんだよね。
しかも、子供の高い声は響くんだよ?
「「「「「早くその子を泣きやませてくれ!」」」」」
わたしの努力の甲斐あって、大人たちは耳を押さえて異口同音に叫んだ。
「ルルアーナ、わかったから泣きやんでくれ!」
「ルルアーナ。もう泣かなくていいわよ」
お父さんは困って、お母さんは呆れた様子でそう言った。
さすがお母さん。わたしの考えがわかっているんだね!
○○○
わたしはご機嫌だった。身体を張って望みを叶えたんだから大満足だよ。
両隣をお母さんとお父さんに挟まれ、じっとりとした目や、呆れたような目を向けられていたとしても気にならない。
正面の椅子には困ったような顔のジュードが行儀よく座っていて、じっとわたしを見つめている。見つめ返すと、スッと目を逸らされた。もう、照れ屋なんだから。仕方ないから、わたしが寛大な気持ちで許してあげよう。そう思いながら、わたしはさっきの出来事を思い返した。
あのあと、わたしが泣き止むと、周りの大人たちはホッとした顔をして各々散って行った。残されたのは、いま、同じ馬車に乗り合わせている六人だけ。年配の夫婦が一組と、四人組みの女性冒険者パーティーとジュード、そしてわたしたちだ。
お母さんはわたしをスリングから出してお父さんに預け、穏やかな表情でジュードに近づいた。
お父さんはすっかり疲れてしまったみたいで、わたしを抱っこせずに、自分の横に立たせて手を繋いでいる。
「私はミーアというの。あなたの名前を聞かせてくれる?」
「………カネは返さないぞ」
ジュードはお母さんを警戒しながら答えた。それだけは譲る気はない、と言っているみたい。
「いいわよ。少ししか入ってなかったでしょう?」
お母さんが笑顔で答えると、驚いたらしいジュードは言葉を失った。
「あなた、馬車に乗りたいんでしょう?どこまで行くの?」
「そんなこと聞いてどうする」
「うちの娘が、あなたと一緒に馬車に乗りたいみたいなのよ。行き先が同じだったら、一緒に乗らない?」
「………」
ジュードは答えない。
代わりに、馬車の御者が教えてくれた。
「奥さん、俺の馬車が行くのはレウリコの町だ。どうする」
レウリコの町は、セスト国境側の町だよ。レウリコの町の先に国境があって、その先にファルース国のダフネの町があるの。
「ちょうどよかったわ。私たち、ダフネの町へ行くの。御者さん、この子の分も料金を支払うから馬車に乗せてもらえるかしら?」
「ああ。カネさえもらえれば構わんさ。ただし、娘さんはおとなしくさせておいてくれよ」
「ええ、もちろんよ」
というやり取りのあと、わたしがポーチから出すフリをしてアイテムボックスからお金を出すと、ジュードは叫んだ。
「なんでそいつがカネ持ってんだよ!」
「ふふ。そんなこと、どうでもいいじゃない。さあ、これで馬車に乗れるわね」
というわけで、いま、わたしたちは馬車に揺られている。
馬車内の向かい合わせに設置された椅子には、わたしを入れて十人の人間が座っている。冒険者パーティーのひとりが御者と一緒に御者席に座り、周囲を警戒しているの。
馬車は整備された街道を走っているけれど、スピードを出している分ガタゴトと揺れる。木の椅子に座っていたらお尻が痛くなってしまうので、わたしはお母さん手作りのクッションを敷いている。クッションのおかげで、だいぶ快適になるよ。
「………おまえ、なんなんだ………?」
馬車が走る音でかき消えてしまいそうな、小さな声でジュードがポツリと言った。
「おまえじゃにゃい。りゅりゅあーな」
「は?」
「この子はルルアーナというのよ」
「あい。りゅりゅあーな」
「いや、言えてねーじゃん!ははっ。おまえ、いくつだよ」
あ、笑った!笑うと可愛いじゃない。
「あんね、りゅりゅあーなはにちゃい」
「二歳か。小さいな。おれはジュード。八歳だ」




