第20話 オルクス・ラングレー
儂の名はオルクス・ラングレー。先代のグリーシャ辺境伯だ。
いまは息子がグリーシャ辺境伯として領地を治め、孫がファルース国の王立騎士団の団長として王宮に勤めている。
つまり、隠居となった儂には自由に使える時間が十分にあり、日頃から鍛錬を怠らぬおかげか、齢六十歳とはいえ動ける身体がある。
その事実に、これほど感謝する日が来るとは思わなかった。
儂は奇妙な青い鳥から手紙を受け取ってすぐ支度を整え、翌日の朝に屋敷を飛び出した。
正直に言ってひとりで行くつもりであったが、グリーシャ騎士団の団長に見つかり、精鋭の騎士二名が付いてくることになった。
騎士たちの支度が整うまで待ってやった儂、偉い。
その後は騎士を振り切る勢いで馬を飛ばし、セスト国との国境の町ダフネへ急いだ。可愛い孫娘とひ孫が儂を待っているかと思うと、気が急いてしかたがない。
しかし、ついて来た騎士団長の助言で、王都に立ち寄った際に手紙を出すことにした。
冒険者ギルドには通信用水晶が設置されており、要件を任意の冒険者ギルドに届けることができる。
騎士団長が何度も「お嬢様と行き違いにならないよう、連絡をとるべきです」と訴えていたが、初めのうちはそんなもの無視をしていた。行き違いになどならぬように、より早く国境まで行けばよい話だ。
しかし、ミシェルたちが儂より早く国境に着いたらどうするのか?と言われ、冷静になった。
そして手紙を出したが、やはり気が急く。
○○○
わたしたちは王都の冒険者ギルドを出たあと、ファルース国へ向かう乗合馬車を求めて馬車乗り場へ向かっていた。わたしは当然、お母さんのスリングの中。
活気に満ちて、忙しそうに行き交う人々、店先に並べられた様々な商品、プルフ村ではまず見ない高い建物。そのどれもが目新しくてワクワクする。
そんなとき、ティガの声が聞こえた。
『………盗られるぞ』
どんっ
隣を歩いていたお父さんに、身長がお父さんの腰までしかない子供がぶつかった。長く伸びたボサボサの髪に顔が隠れていて、着ている服もヨレヨレで、でも、財布を抜き取るその手の動きは驚くほど早かった。
「気をつけろよ、おっさん!」
甲高い声で悪態をつくと、その子は人混みに紛れて行ってしまった。
「おとーしゃん、おかねないない」
「え?」
わたしが教えてあげると、お父さんは腰の小さなバッグに手を入れて中を探った。
「アスラ、スられたの?」
「ああ。やられたよ。都会は気をつけなきゃいけないってのに、うっかりしてた。すまない、ミーア」
「いいのよ。こういうこともあるわ。さあ、馬車乗り場まで急ぎましょう」
お父さんとお母さんがこんなに落ち着いているのには理由がある。
現金のほとんどはわたしが預かっていて、お父さんとお母さんは、それぞれ千シリルしか持ち歩いていないから。
物価の高い王都では、千シリルは平民のちょっぴり贅沢した食事一食分にしかならない。
隣街まで行く乗り場馬車の料金ひとり分にもならない。
だから、せっかく教えてくれたティガには悪いけれど、取られても平気なお金というわけ。
乗り場馬車の乗り場へ着くと、聞き覚えのある声が聞こえた。お父さんもそう思ったらしく、お母さんと顔を見合わせて人だかりへ向かった。
ある乗合馬車の前で、御者と子供が言い合っていた。
「だから、これっぽっちじゃ乗せられないんだよ」
「頼むよ!途中まででいいんだ。これで、行けるところまで連れて行ってくれ!」
「そんなことして、お前さんが魔物や盗賊に襲われたら目覚めが悪いだろ」
「それじゃあ、金を用意するから出発は待ってくれ!」
「そりゃ無理だ。出発が遅れて野宿になったら困るんだよ」
どうやら、乗合馬車の御者と子供が言い争っているらしい。子供は必死に馬車に乗せてもらおうとしているけれど、お金が足りず乗車を断られている。
「あいつも可哀想にな。親父さんが腕のいい職人だったんだが、出張先で怪我をしてさ。治療のためにあり金全部をつぎ込んでもよくならなくて、家も追い出されたって聞いたぜ。………あれだけ騒ぐってことは、もうダメなんじゃないか」
「それ本当かよ」
「ああ、本当。確か、あの子供の名前はジュードだ」
そこまで知っているなら、父親のいるところまでの馬車代を出してあげるとか、なにかできることがあるんじゃないのかな。
『なに甘いこと考えてるのよ』
あ、ライラ。
『可哀想だからって他人を助けてたら、自分が困ったときはどうするのよ。他人が助けてくれるとは限らないんだから』
それはそうだけど、でも、見て見ぬふりしていいのかな。
『母親に抱っこされてるような赤ん坊のくせに………ばかね。だったら、周りの大人を動かしなさい』
どういうこと?
『ルルアーナが行動すれば、あなたの親は動いてくれるんじゃないの?』
あ、そうか!ありがとう、ライラ!
「おかーしゃん、おとーしゃん!」
「おう、どうしたルルアーナ」
「どうしたの、ルルアーナ。もう馬車に乗るわよ?」
「あい。おにーしゃんもいっちょにのる!」
「「えっ?」」




