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第6章:守れなかった繋がり、怒りの共鳴

 キオが、あたしをかばって倒れた。

  その光景が、まるでスローモーションのように、あたしの目に焼き付いた。

 彼が持っていた弓は、弦が切れて使い物にならない。

  彼の体は、ぐったりと地面に横たわり、動かない。

  血が、彼の脇腹から、じわりと滲み出しているのが見えた。


「キオ…? キオ!!」


  あたしは叫んだ。声が、震えていた。

  嘘だ。そんなはずない。

 キオが、あたしを守って…?


  敵の攻撃は、止まらない。

  あたしが倒した一体を除く、残りの二体の機械の巨人が、再びあたしと、そしてあたしの背後にいる集落の人々に向かって、冷たい殺意を放っている。

  でも、今のあたしには、もう敵の姿なんて、どうでもよかった。

  キオが、キオが、あたしのせいで…!


  熱い何かが、胸の奥から込み上げてくる。

  それは、悲しみ? 怒り? 後悔? 全部がぐちゃぐちゃに混ざり合って、あたしの頭の中を真っ赤に染めていく。

  守りたかった。キオを、集落のみんなを、ここで見つけた温かい繋がりを。

  なのに、あたしは、また…!


『…イカリ…カナシミ… ソレモ… チカラ…』


  頭の中に響く、あの無機質の声が、囁くように、誘うように響いた。


『呑まれるな! 己を保て!』


  荘厳そうごんな声が、必死に警告する。

  うるさい! うるさい! うるさい!

  あたしの左目が、カッと熱を持った。

 それは、もう蒼い光じゃない。赤。燃えるような、激しい怒りの赤。

  そして、その赤の中に、影がまとっていたような、深い黒色が渦を巻き始めた。


「ああああああああああああああああ!!!!」


  あたしの喉から、自分のものではないような、獣じみた絶叫がほとばしった。

  左目から、蒼と白の光は完全に消え失せ、代わりに、赤と黒が混ざり合った、禍々しいエネルギーの奔流が、あたしの意志とは関係なく、解き放たれた。

  それは、以前地底空間で見たものよりも、さらに濃密で、破壊的な力だった。


  赤黒い奔流は、あたしの怒りと絶望を映し出すかのように、残りの二体の敵を瞬時に飲み込んだ。

  金属の装甲が、まるで紙切れのように引き裂かれ、内部の機械が火花を散らして爆発する。

  敵は、断末魔の叫びを上げる間もなく、完全に消滅した。


  しかし、力の奔流は、それだけでは止まらなかった。

  行き場を失ったエネルギーが、周囲の地面をえぐり、岩壁を砕き、集落の泥壁の一部をも吹き飛ばした。


「きゃあああっ!」


  集落の人々の悲鳴が上がる。

  まずい…! やめろ…! 止まれ…!

  あたしは、必死に力を抑え込もうとした。

  けれど、一度解き放たれた怒りの奔流は、あたしの制御を完全に離れ、ただ破壊を撒き散らす。

  このままでは、集落まで… みんなまで…!


  その時、あたしの意識の奥底で、声が聞こえた。影の声だ。


『…フン… やっぱり、お前には無理なんだよ、オリジナル…』


  そして、不思議なことに、影の声と共に、あたしの左目に、蒼い光が、ほんの一瞬だけ、灯ったような気がした。

  それは、あたしの意志とは違う、影自身の力…?

  その一瞬の干渉が効いたのか、あるいは、あたしの心の奥底に残っていた最後の理性が働いたのか、赤黒い奔流は、急速に勢いを失い、やがて、霧のようにき消えていった。


  後に残ったのは、破壊された敵の残骸と、抉られた地面、そして、恐怖に凍りついた集落の人々の視線。

  そして、あたしの足元には、血を流して倒れたままの、キオ…。


「…はぁ… はぁ… はぁ…」


  あたしは、その場にへたり込んだ。

  全身から力が抜け、指先が激しく震えている。

 

 左目の痛みは、もはや痛みというより、灼熱の塊がそこにあるような感覚だった。

 視界は、赤黒く染まっている。

 そして、心の奥底には、深い、深い絶望と、自己嫌悪が渦巻いていた。

 あたしは、守れなかった。

 それどころか、あたしの力が、みんなを危険にさらしてしまった。キオを、傷つけてしまった…。


  集落の人々が、恐る恐る近づいてくる。

  彼らの目に映るのは、もう「救い主」ではない。ただの、恐ろしくて、制御不能な「異形」だ。

 老人が、静かに、あたしの前に立った。

 その顔には、深い悲しみと、あわれみの色が浮かんでいた。


「…力に… 呑まれかけておるな、小娘…」


  あたしは、何も言えなかった。ただ、うつむいて、震えるしかなかった。

  その時、誰かが駆け寄ってきて、キオの体を抱き起こした。集落の若い男たちだ。

  彼らは、キオの傷口を布で押さえ、必死に声をかけている。


「キオ! しっかりしろ!」

「薬師を呼んでこい!」


 キオは… まだ生きている…?

 その事実に、あたしの心に、ほんのわずかな光が差した。

 あたしは、ふらつきながら立ち上がった。

 そして、キオのそばに駆け寄ろうとした。

  けれど、集落の人々が、あたしの前に立ちはだかった。彼らの目には、恐怖と、そして明確な拒絶の色があった。


「…来るな」

「お前は… 危険だ…」


  その言葉が、ナイフのようにあたしの胸に突き刺さった。

  わかってる。あたしだって、自分が怖い。でも…。

  あたしは、言葉を失い、立ち尽くした。


  老人が、静かに言った。


「…小娘。お前さんは、もうここにはおれんじゃろう。お前さんの力は、あまりにも大きすぎる。そして、不安定すぎる。このままでは、お互いにとって、不幸なことしか起こらん…」


  その言葉は、優しかったけれど、何よりも残酷な宣告だった。あたしには、もう、ここに居場所はないのだ。


「…キオは… キオは、どうなるの…?」


  あたしは、かろうじて尋ねた。


「ワシらが、できる限りの手当てをする。命に別状はない… と思うが…」


  老人は、厳しい顔で言った。


「じゃが、目覚めた彼が、お前さんのことをどう思うかは… わからん」


  キオ…。あたしは、彼の眠る(あるいは意識を失っている)顔を見た。

  彼のせいじゃない。全部、あたしのせいだ。

  あたしは、きびすを返した。そして、一度も振り返らずに、集落を後にした。

  背後で、誰かが何かを言っているような気がしたけれど、もう聞こえなかった。涙が、頬を伝って、乾いた地面に落ちた。


  あたしは、また一人になった。

  いや、最初から、一人だったのかもしれない。

  あたしが築いたと思った繋がりは、あたしの力が、全て壊してしまったのだから。

  それでも、あたしは歩き続けた。行くあてなんてない。

  でも、ここにいてはいけないことだけは、わかっていた。


  あたしは、この力を制御しなければならない。完全に。そして、真実を知らなければならない。

  あたしが何者で、この力は何で、この世界は何なのか。

  それが、あたしがキオや集落の人々にしてしまったことへの、唯一のつぐないになるのかもしれない。


  荒野に、再び一人。左目の奥の痛みと、心の傷を抱えて。

  あたしは、ただ、歩き始めた。どこへ向かうのかもわからずに。

  でも、今度こそ、自分の意志で、この運命に立ち向かうために。

  左目の赤黒い光は、今はもう消えていた。

  けれど、その奥底には、怒りでも悲しみでもない、静かで、けれど消えることのない、決意の炎が灯り始めていた。

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