第5章:集落の攻防、痛みと覚悟の光
夜明け前の、一番空気が冷たく、そして暗い時間。
地平線の彼方に、複数の不吉な光点が現れた。それはゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる。
見張りの短い、絶望的な叫び声が、静寂を破った。
「大変だ!『中層』の奴らが…!あの巨大な機械が、こっちに向かってくる!奴らは、上層の支配者とは違う、もっと野蛮な連中だ!」。
来たんだ。しかも、今度は一体じゃない。
あたしは、集落の入り口、粗末な泥壁の前に立っていた。
背後には、息を殺して身を寄せ合う、集落の人々の気配。
錆びて刃こぼれした剣を固く握りしめ、覚悟を決めた表情のキオがいる。
集落の老人は、壁際で静かに祈りを捧げている。その光景が、あたしの決意をさらに固くした。
怖い。
正直、足が震えている。でも、前回とは違う。あたしには、守りたいものがはっきりと見えている。そして、この左目の力も、ただ暴走するだけのものじゃないと、信じている。
左目に意識を集中させる。熱が込み上げてくる。瞳の奥で、蒼と赤と白の光が渦巻き始める。
『チカラヲ…ツカエ…!オソレルナ…!スベテヲ…ハカイセヨ…!』。
頭の中に響く、あの無機質の声が、頭の中で煽るように叫ぶ。
『心を鎮めよ…怒りに呑まれるな…守る意志こそが、汝の盾となる…』。
古の魂の声なのか、あるいは老女の声の残響なのか、静かな声がそれに抗うように響く。
あたしは、どちらの声にも意識を向けず、ただ、目の前の脅威と、守りたいものだけを見据えた。
大丈夫。
あたしは、あたしの意志で、この力を使う。
敵の姿が、はっきりと見えてきた。
巨大な、移動要塞のような機械。
それが三体。
どれもクモのような多脚で移動し、背中には砲台のようなものが備わっている。
絶望的な戦力差だ。
でも、やるしかない。
敵が射程圏内に入った瞬間。
あたしは、震える左手を、ぐっと前に突き出した。
前回よりも強く、迷いなく。
「守るっ!!」。
叫びと共に、左目から強烈な光がほとばしった。
蒼と赤と白が複雑に混ざり合い、螺旋を描くような、力強い光の奔流。それは、あたしの守りたいという意志そのものが、形になったかのようだった。
光は、三体の敵のうち、先頭の一体に直撃した!
ギャァァァン!!
凄まじい衝撃音と共に、敵の前面装甲が大きくひしゃげ、火花を散らす。
完全に破壊はできないまでも、動きが鈍ったのがわかった。
「やった!」。
誰かが後ろで叫ぶ。
しかし、残りの二体は、怯むことなく攻撃を開始してきた。
複数の鋭利な刃が回転しながら迫り、同時に、背中の砲台から高熱のエネルギー弾のようなものが撃ち込まれる。
「キオ、みんな、伏せて!」。
あたしは叫びながら、防御に意識を切り替えた。
集落全体を包み込むように、光の障壁を展開する。
前回よりも厚く、強く。
ドゴォォン!バチバチッ!
刃とエネルギー弾が、障壁に激突し、耳をつんざくような轟音と閃光を生む。
障壁は持ちこたえている。
けれど、その反動は、前回よりもさらに強烈にあたしを襲った。
「ぐ…ぅううっ…!」。
内側から、体が引き裂かれるような激痛。
左目の奥が、焼け付くように熱い。
視界が、赤と白と黒に、激しく点滅する。
頭が、まるで万力で締め付けられるように痛む。
そして、左半身に、針で刺されるような、強い痺れが広がっていく。
これが、力の代償…。
前回よりも、明らかに重い。
力を強く使えば使うほど、代償も大きくなるんだ。
このまま使い続ければ、あたしの体が、あたしの精神が、壊れてしまうかもしれない。
それでも、あたしは歯を食いしばった。
力を緩めるわけにはいかない。
あたしが倒れたら、みんなが…。
あたしは、痛みに耐えながら、必死に障壁を維持し、同時に、敵の弱点を探った。
『魂の形』を意識し、力の流れを読む。
敵の内部にある、あの脈打つ核。
あれを破壊しなければ、勝てない。
三体のうち、先頭の一体は、最初の攻撃で動きが鈍っている。
残りの二体が、障壁を突破しようと猛攻を続けている。
狙うなら、まず、あの動きの鈍った一体だ。
「キオ!」。
あたしは、途切れ途切れの息で叫んだ。
「弓を…!集落の弓で…!一番手前のやつを…!」。
キオは、あたしの意図を即座に理解した。
彼は、他の男たちと共に、集落の弓を構え、狙いを定める。
その時、一体の機械が、動きを鈍らせていた一体を援護するかのように、キオたちに向かって突進してきた。
「くっ…!」
キオは、弓を引き絞ったまま、歯を食いしばった。
このままでは、矢を放つ前に、敵に接近されてしまう。
「キオ、危ない!」
あたしは叫んだ。が、次の瞬間、キオは驚くべき行動に出た。
彼は、一度放つ体勢に入った弓を、素早く地面に置き、腰に差していた剣を抜いた。
錆びて刃こぼれだらけの、使い古された剣。
それでも、キオの動きは迷いがなかった。
あたしは、障壁の強度を、ほんの一瞬だけ、キオたちが矢を放つ方向だけ、弱めた。
「今だ!」。
キオたちの放った矢が、唸りを上げて飛んでいく。
それは、集落の人々の祈りを乗せて、動きの鈍った敵の、装甲の隙間へと吸い込まれていった――!
ギャギャギャギャ!!!
矢は、核に届かなかったのかもしれない。
けれど、内部の重要な機構を破壊したのだろう。
敵は、奇妙な断末魔のような音を上げ、動きを完全に停止した。
やった!まず一体!
しかし、安堵したのも束の間だった。
残りの二体の攻撃が、さらに激しさを増したのだ。
キオは、迫りくる機械巨人の攻撃を、剣で受け止めた。
キン!という甲高い金属音と共に、火花が散る。
「ぐっ…!」
キオは、敵の圧倒的な力に押され、よろめく。
(…このままでは…!)
キオは、歯を食いしばり、残る力を振り絞って、敵の攻撃を押し返した。
そして、その隙に、あたしが一体に気を取られた隙を突き、連携して障壁の一点に攻撃を集中させてくる。
まずい、障壁が…持たない!
パリィィィン!
甲高い音と共に、光の障壁に大きな亀裂が入った。
そして、次の瞬間、障壁はガラスのように砕け散った。
「きゃあああ!」。
集落の人々の悲鳴が上がる。二体の敵が、剥き出しになったあたしと集落に、同時に襲いかかってくる。もう、防御は間に合わない。
どうすれば…!?
あたしの脳裏に、選択肢が浮かぶ。
一つは、あの黒い奔流を解放すること。そうすれば、おそらく敵は倒せるだろう。でも、あたし自身が呑まれ、周りの人々をも傷つけてしまうかもしれない。
もう一つは、この蒼と赤と白の光で、最後まで抵抗すること。でも、力が足りないかもしれない。あたしも、集落も、ここで終わってしまうかもしれない。
『…サア…エラベ…』。
頭の中に響く、あの無機質の、途切れ途切れの声が囁く。
『小娘よ…己を見失うな…!』。
老女の声が響く。
あたしは――
「あたしは、呑まれない!!」。
叫びと共に、あたしは残された全ての力を、左目に集中させた。
それは、黒い力への誘惑を振り払い、守りたいという意志だけを純粋に練り上げた、蒼と赤と白の光。
あたしは、一体の敵に向かって、その光を渾身の力で放った。
同時に、もう一体の敵の攻撃が、あたしの体に迫る。
せめて、一体だけでも…!キオ、みんな、ごめん…!
目を閉じた、その瞬間。あたしの体は、強い衝撃で吹き飛ばされた。
けれど、想像していた激痛はなかった。
代わりに、あたしの目の前で、土埃を上げて、キオが倒れているのが見えた。
「キオ…!?」。
彼は、あたしを庇って、敵の攻撃を、その身で受け止めたのだ。
光杖は折れ、彼の体はぐったりとして、動かない。
「キオオオオォォォォォ!!!!」。
あたしの絶叫が、戦場に響き渡った。
左半身の痺れが、まるで嘲笑うかのように、激しく痛む。