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第4章:集落の灯火、芽生える決意

 キオの胸の傷は、幸い見た目ほど深くはなかった。

  老女の的確な手当てと、あたしが左目の力――あの蒼白い、清めるような光――をそっと傷口に当ててみたおかげか、彼の回復は驚くほど早かった。

  あたしの力の、新たな側面。破壊だけじゃない、癒しの力もあるのかもしれない。

  でも、それを使うと、やっぱり左目の奥が鈍く痛み、軽い痺れを感じる。

  力には、必ず代償が伴う。そのことを、あたしは改めて実感した。


  数日後、キオの傷が動ける程度に回復したのを見計らって、あたしたちは老女に別れを告げた。

  彼女は、あたしにさらにいくつかの薬草の知識と、そして「知識の塔」と呼ばれる場所についての古い言い伝えを教えてくれた。


「そこには、失われた多くの知識が眠っておるやもしれぬ… じゃが、近づく者には試練が訪れるとも言う… 気をつけるんじゃぞ」と。


  そして、最後に、あたしの左目をじっと見つめ

「お前さんの道は、お前さん自身で切り開くんじゃ。力に呑まれるでないぞ」と、強く念を押された。


  老女の洞窟を後にし、あたしたちは、彼女が教えてくれた「知識の塔」ではなく、まずは比較的安全だという居住区を目指すことにした。

  キオもあたしも、まだ万全の状態ではなかったし、情報を集め、体勢を立て直す必要があったからだ。


  キオとの関係は、あの戦いの後、また少し変化していた。

  彼があたしの左目を見る時の、あのおそれのような色は、ほとんど消えていた。

  代わりに、そこには、複雑な感情――心配、興味、そして、もしかしたらほんの少しの信頼――が混じり合っているように見えた。

  あたしが力を制御しようとしていること、そして、その力に苦しんでいることを、彼は理解してくれているのかもしれない。

  そのことが、あたしにとっては大きな支えになった。


  以前のような気まずい沈黙ではなく、時折、短い言葉を交わしながら、あたしたちは険しい山岳地帯を進んでいった。

  道なき道を行くのは、相変わらず大変だった。

  けれど、キオは、あたかもそれが当然であるかのように、あたしを助けてくれた。

  滑りやすい岩場では手を貸してくれ、危険な場所では先に立って安全を確認してくれた。

  彼のぶっきらぼうな優しさが、今はもう、素直に嬉しかった。


  長い道のりの末、ようやく辿り着いたのは、想像していたよりもずっと小さな集落だった。

  崩れかけた泥壁に囲まれ、十数軒ほどの、草葺くさぶき屋根の粗末な家が、身を寄せるように建っている。

  まるで、世界から忘れ去られたような、静かな場所だった。

  集落の人々は、突然現れたあたしたちを、やはり強い警戒心をもって迎えた。

  特に、あたしの異様な左目は、彼らの視線を集め、ひそひそと囁き合う声が聞こえた。


  無理もない。あたしだって、自分がこんな姿じゃなければ、と思うことは何度もある。


(…ここも、俺の故郷の集落と似たようなものか…)


 キオは、人々の警戒心を肌で感じながら、心の中でため息をついた。閉鎖的で、よそ者を簡単には受け入れない。だが、生き残るためには、それも仕方がないのかもしれない。


(…KOBIこび…お前は、どうしているだろうか…この世界のどこかで、無事でいてくれるといいんだが…)


 行方知れずの妹の面影が、一瞬だけ脳裏をよぎる。キオは、その感傷を振り払うように、集落の長らしき男へと向き直った。


「こっちだ」。


 キオは小さく言うと、あたしを促すように集落の奥へと歩き始めた。

 あたしには、まだキオの言葉を全て理解できないが、キオの思いは理解した。

 そして、その少し寂しそうな背中が、故郷に帰ってきた安堵よりも、何か別の、もっと複雑な感情を、静かに物語っているように見えた。


  キオが集落の長らしき、一番年嵩(としかさ)の男と話し込むと、状況は変わった。

  キオは、以前、この集落に立ち寄り、何か手助けをしたことがあったらしい。

  その恩を覚えていてくれたのか、あたしたちは、疑いの目は向けられながらも、客人として迎え入れられることになった。


  集落での生活は、あたしにとって、何もかもが新鮮だった。

  人々は、決して裕福ではない。食べ物も、水も、限られている。

  でも、彼らは互いに助け合い、役割を分担し、懸命に生きていた。

  朝、子供たちが元気よく井戸へ水を汲みに行き、男たちは近くの森へ狩りや採集に出かけ、女たちは家畜の世話や畑仕事、そしてつくろい物をする。

  夜には、皆で質素な食事を囲み、時には古い歌を歌ったり、物語を語り合ったりする。

  あたしも、見よう見まねで、彼らの手伝いをした。

  水を運んだり、畑の雑草を抜いたり、繕い物を教わったり。

  言葉はまだつたなかったけれど、身振り手振りや、覚えたての単語で、少しずつ彼らと心を通わせていくことができた。


  子供たちは、最初こそあたしの左目を怖がっていたけれど、すぐに慣れて、あたしの周りを無邪気に走り回るようになった。

  彼らの屈託のない笑顔に触れていると、あたしの心の中にあった固い殻が、少しずつがれていくような気がした。

  ここが、あたしの本当の居場所になればいいのに。

  そんな、叶わないかもしれない願いを、抱き始めていた。


  この集落には、ひときわ尊敬を集めている老人がいた。

  彼は、代々この地に住み、多くの知識と経験を持つ、集落の賢者だった。

  崩壊前の文明に関する言い伝えや、この土地に伝わる古い知恵を、誰よりも深く知っているという。

  キオに紹介され、あたしはその老人と話す機会を得た。

  老人は、あたしの顔を――特に、左目を――穏やかな、しかし全てを見通すような深い眼差しで、じっと見つめた。

  その視線は、あたしの心の奥底まで届くようで、少しだけ身がすくむ思いがした。


「ほう… そのような瞳をしておるとは… まさしく、古の言い伝えにある、『星の落とし子』かもしれんな」


  星の落とし子…? 初めて聞く言葉だった。


「お前さんのその左目には、途方もない力が宿っておるようじゃな」


  老人は、静かに言った。


「ワシにも、その力の片鱗が感じられる。それは、星々を動かし、世界を作り変えることもできる力じゃが、同時に、全てを焼き尽くす破滅の力でもある…」


  あたしは、息を呑んだ。この人も、あたしの力の危険性を感じ取っているんだ。


「その力は、お前さん自身の魂と、そして、はるか昔にこの地に落ちた、星の魂… 古の魂とが、分かちがたく結びついたものじゃろう」


  老人は続けた。


「お前さんは、その力を受け継ぐ宿命を背負ってしまった。それが何を意味するのか、これから、その身をもって知ることになるじゃろう」


  老人の言葉は、老女の話と重なり合い、あたしの中で、漠然としていた疑問が、少しずつ形を結び始めていた。

  あたしの力は、古い時代の遺産であり、あたし自身も、その力と深い関わりを持つ存在なのだ、と。

  でも、なぜあたしが? その答えは、やっぱり見つからない。


「力を恐れるな。じゃが、おごるな」


  老人は、最後に諭すように言った。


「力は、使う者の心次第で、薬にも毒にもなる。お前さんが、その力を何のために使うのか… それが、お前さんの未来を、そして、この世界の未来をも決めるじゃろう」


  老人の言葉は、重く、深く、あたしの心に響いた。


  そして、その言葉が現実味を帯びる出来事が、すぐに起こった。

  集落の見張りが、血相を変えて駆け込んできたのだ。


「大変だ!『中層』の奴らが…! あの巨大な機械が、こっちに向かってくる!」


  集落全体が、パニックに陥った。

  あの、集落を襲った巨大な機械の敵が、再び現れたのだ。しかも、今度は一体だけではないかもしれない。

  人々は恐怖に震え、す術もなく立ち尽くす。

  キオも、長老たちと必死に話し合っているが、有効な対抗策などあるはずもなかった。

  あたしは、拳を強く握りしめた。怖い。また、あの敵と戦わなければならないのか。

  また、力の代償に苦しむことになるのかもしれない。でも、あたしはもう、以前のあたしじゃない。


  あたしは、集落の人々を見た。怯える子供たち、絶望的な表情の大人たち。あたしを受け入れてくれた、このささやかな繋がり。

  あたしは、キオを見た。彼は、あたしの目を見て、黙って頷いた。

  あたしは、老人の言葉を思い出した。


「力は、使う者の心次第」。


  あたしは、決めた。

 この力は、守るために使う。

 あたしが、みんなを守るんだ。

 あたしは、集落の入り口へと向かった。

 足取りは、もう震えていなかった。

  左目の奥で、蒼と赤と白の光が、静かに、しかし力強く、灯り始めるのを感じていた。

 恐怖はある。

  でも、それ以上に強い、守るための決意が、あたしを支えていた。

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