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女神様のためのおいしい料理帖  作者: 小達出みかん


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ママのお弁当

「ごめんくださーい!」

 徹がはっと振り向くと、すでに女の子たちが靴を脱いで家に上がり込んできている所だった。

「あっ、いた、いたぁ!」

 一番小さな小が、キッチンにたちすくむ徹を見て鬼の首を取ったように騒ぎ出す。そのうしろから、少し大きな子がちょこっと顔を出す。その仕草に、徹は微笑んだ。

「どうしましたか」

 前の料亭での仕草がしみついているのか、それとも同じくらいの大きさのかまど神を敬っているからか、子ども相手にも思わず敬語を使ってしまう。

 一番小さい子が、にかっと笑う。

「また、『しろくま』食べたかぁ!」

 なるほど、そう言う事か。徹は冷凍庫を開けて、材料をチェックした。

「ああ、ごめん。そんなに氷、残ってなかった」

「えぇぇ……」

 見るからに残念そうに、小さい子がうなだれる。

「ゆい、仕方なか。お昼ん前に甘いもん食うたら、ママに叱られる」

「でも、ねえちゃんも食べたかって」

 もめ始める姉妹を見ながら、徹は思案した。

(たしかにまだお昼前……としたら)

 冷蔵庫の中を見て、徹は提案した。

「それじゃあ、一緒にアイスを作らないかい」

 喧嘩がピタリと止まり、二人の目がキラキラと徹を見る。

「え?」

「あいす?」

 徹は冷蔵庫から材料を取り出した。いただきものの島バナナに、牛乳。そしてお砂糖。

「そう。ほら、これで簡単につくれるよ」

 徹はジップロックの袋を一枚づつ二人に渡した。ぽかんとする姉妹に、徹は見本を見せた。

「バナナの皮をむいて、袋の中に入れて……」

 ぎゅっぎゅっと軽く袋をもむと、熟していたバナナは簡単に崩れる。やってみせると、面白そうだと思ったのか二人とも嬉々として真似をしはじめた。

「ねんどみたい!」

「これがアイスになるん……?」

「そうだよ。ここに牛乳と砂糖を入れて、もう一回もむ。よしっと」

 徹は出来上がった二人のジップロックを、適当な布袋に入れて持たせた。

「これをお家の冷凍庫に入れておいて。そしたらおやつの時間には、アイスになってるから」

 わーいと子どもらしく喜びながら、姉妹はぱたぱたと出て行った。その背中を見て、ふっと笑う。今あの子たちの相手をしたおかげで、少し気がまぎれた。

(いつもそうだ。やってあげているように見えて――してもらってるんだな)

 自分の分のジップロックを、徹は冷凍庫に入れた。その頭にはもちろん、かまど神が浮かんでいた。

(甘いものは鬼門だけど――これは黒糖じゃないから、大丈夫じゃないかな)

 そう思いながら、徹は午後、かまど神を待っていた。しかし彼女は、姿を現さなかった。徹はなんとなく不安な気持ちを抱いたまま、眠りについた。

 少し気を落とした次の日。かまど神はひょっこり徹の部屋に顔を出した。

「徹、おっど?」

「ああ」

 よかった。まだ彼女はいる。あからさまにほっとした顔をした徹に、かまど神はあははと笑った。

「心配症だがねぇ。あてはまだこっこにおっど」

「はは、ごめんごめん……お腹すいてない?」

 徹がバナナアイスを取り出そうとしたその時。またしてもドアをノックする音が聞こえた。

「ごめんください」

 子どものものでも、恵さんのものでもない、大人の女性の声だ。徹は誰だろうと思いながらドアを開けた。

「昨日は家の娘たちが世話になりまして」

 軽く頭を下げる女の人の後ろに、にこにこ顔の姉妹二人がいる。

「ばななアイス、おいしかった!」 

「それはよかったです」

「しろくまもねぇ、おいしかったの」

 こらこら、と娘たちをたしなめながら母親は言った。

「何かお礼がしたいのだけど……こんなものしかなくて」

 少し苦笑しながら、彼女は可愛らしい巾着を取り出した。

「これは……お弁当?」

「そう。うち、大人数でお昼がみんなバラバラなもんだから、いつもお弁当で」

 それは大変な仕事量だろう。徹は軽く頭を下げた。

「それはお疲れ様です」

「料亭の板前さんに、私の手作り弁当なんて、恥ずかしいけど……」

 恐縮する彼女に、徹は首を振った。

「いいえ、とんでもないです。俺、板前じゃなくて下っ端でしたし……」

「でも、このあいだの夜のお料理もすごかったって、おじいちゃんが」

 思い出して、徹は破顔した。

「おじいちゃんは美味しそうに食べて飲んでくれて。俺もありがたかったです」

「飲み助だったでしょ? ねぇ、丸いお寿司って、どうやって作ってます? 私いつも、酢飯を美味くにぎれなくって」

「大して特別な事は……しいて言えば、最後に冷やし過ぎないことでしょうか」

「やっぱりそう? でもついつい放っておいちゃうのよねぇ……」

「あ、それなら……」

 料理談義を始めた二人の後ろで、姉妹とかまど神たちも話しはじめた。

「おはんさぁの手にもっちょるそれも、『オベントウ』?」

 珍し気に巾着を眺めるかまど神に、姉妹は得意げにそれを拾うした。

「そうだよ! これ、ピュアキュアのお箸なの」

「あたしのお弁当箱はきらきらステージ!」

 可愛らしい巾着の紐をほどくと、チカチカ華やかな絵が印刷されたお弁当箱が出てくる。

「へぇぇ~、可愛らしかねぇ」

「これからママと海までいって食べるの」

「今日はピクニックだって!ねぇいこうよっ、ママ」

 袖を引かれて、話し込んでいた母親はうなずいた。

「わかったわかった。それじゃあ、話し込んじゃって失礼しました」

「こちらこそ。今度は俺が、お弁当を作ってお渡ししますよ」

「本当!?嬉しいわぁ」

 そう言う彼女を、かまど神はじっと見ている。くいいるような視線だった。妹の方が、かまど神のその手を引いた。

「ねっ、いっしょにおべんとう、たべない?」

「あ……でも」

 めずらしく遠慮しようとしているかまど神に気が付いて、徹はお弁当を差し出した。

「いってきたらどうだい? ほら、これは譲ってあげるから」

 徹は微笑んでいる。『お母さん』もうなずいている。かまど神はすこし迷った素振りをみせたあと、姉妹に手を引かれて徹の家を出て行った。


 海の前には、小高い草地があったので、そこに桃色のシートを敷いて、母と姉妹は座ってそれぞれお弁当を開き始めた。

「ピュアキュア♪ピュアキュア♪」

「きらきらステージで~スマイルっ」

 姉妹はそれぞれ思い思いの歌を歌いながら、ピンクや水色の蓋をあけて、お揃いのお箸やフォークを手にした。

 かまど神はまじまじと自分のお弁当を見た。プラスチックのお弁当箱は蓋が透明で、中に入っているものが良く見える。

(不思議ないれもんじゃて)

 しかしお母さんは何か気づいて、かまど神に話しかけた。

「板さん用に、って思ったからそんなのでごめんね。次はあなたの分も、ピュアキュアにしたげるね。きらステのほうがいい?」

 子どもに話しかける、特有の優し気な声。かまど神は思わず言葉につまってしまった。

「え、と……」

 なんだかよくわからないけど、ひどく懐かしく、慕わしい感じがした。

「あなた、お名前はなんていうの?」

 お母さんにそう聞かれて、かまど神は少し迷ったあと、言った。

「いも子。おはんさぁは」

 彼女は少し目を見開いた。しばしの間、二人は見つめ合った。

「なんか不思議……初対面だけど、あなたに会ったことがある気がするの。どこだったかな……」 

 ほうとため息をつくお母さん。かまど神は話題をそらすように巾着を開けていった。

「こいが『オベントウ』! いろんなもん、入っちょるなぁ」

「うん。おにぎりに、卵焼き、ウインナー」

 ひとつひとつ説明されて、かまど神はあっと声をあげた。

「『おにぎり』っちゅうは、食べたこつがあっ。徹が、最初にあてにくれたどん」

「いも子ちゃんは、あの板前さんと仲良しなのね」

「そうじゃて」

 何気ない話をしながら、かまど神はお弁当箱に詰められたおにぎりを取って食べた。

 わずかな塩気。巻かれた海苔は、湿っている。

(徹が最初にくれたおにぎりのほうが、お米の粒がたっちょって……冷めててもうまかった)

 不思議な透明の袋に包まれて、海苔は巻き立てのようにぱりぱりしていたし、形も完璧な三角形だった。

けれど、だけど。かまど神は大事に大事に、少しづつそのおにぎりを食べた。

 一口一口、かみしめるように。このおにぎりには、あのおにぎりとは違う。

 味が少し足りないけど。形も完璧な三角じゃないけど。

 このおにぎりは――このお母さんが、家族のためにつくったものの一つなのだ。

 何か、大きな感情がかまど神の胸の中で沸き起こる。けれどその波はとらえどころがなく、その感情の正体を、根本を確かめようとするとさらさらと流れて落ちていく。

 かまど神は、子どもの相手をする母親をちらりと盗み見た。彼女のことも、恵さんと同様よくしっている。大家族の台所を一人で切り盛りする、働きものの妻。毎朝早起きをして、かっかと火を燃やして台所で立ち働いている。

(こん人は――あてが面倒を見る、この島の、料理をすっひと)

 それなのに、こうして『子ども』として対面してみると、ひどく心がゆすぶられる。

 大きな感情の波。その間にただよう何かを、かまど神は必死救おうとする。するとふっと溢れるように、口から声が出た。

「お……おっかぁ……」

 その声を聞いて、姉妹と母親は振り向いた。

「いも子ちゃん? あらあら、大丈夫?」

「泣いてるぅ」

「どうしたのぉ?」

 知らない間に、かまど神の頬に涙が零れ落ちていた。

「あ……こいは、なんでもなかでっ」

 かまど神は慌てて乱暴に頬を拭った。しかしその時、優しく肩をつかまれて頬をタオルに包まれていた。

「あんまり目、擦っちゃだめよ」

 泣き止まないと。そう思うのに、優しい声をかけられるとますます涙が湧いて流れてくる。

「こ……いは、おかしかぁ……っ」

 泣きたくなんてないのに。混乱するかまど神を、彼女はぎゅっと抱きしめた。

「泣きたい時は、泣いていいんだよ」

 ひゅっ、とかまど神の喉が鳴った。

 なんで、こんな風になるのかわからない。なのに、あとからあとから涙が流れ落ちる。

「ひぐ……っう、お、おっかぁ」

 とん、とん、と背中をそっと叩かれる。かまど神の頭を撫でる小さい手もある。

「だいじょぶ?」

「へーき、へーきだからねぇ」

 ああ、こんな小さい、本物の子どもにまで心配されている。そう思ったかまど神は、泣きながら笑った。

「へへ……もう、平気……」


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