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女神様のためのおいしい料理帖  作者: 小達出みかん


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特製しろくま

すると、鳥居をくぐって次の一団がやってきた。商店のおじさんだった。

「おう、徹。おいん娘とこん子も連れてきちまったんじゃけど―」

 彼の後ろに、若い母親と子供たちがいるのが見えた。ちょうど鳥居の所に立って宴会を眺めていたかまど神が、にこにこ案内した。

「よう来たねぇ。一緒にご馳走を食べもんそ」

 子どもは女の子が2人。かまど神と同じように、提灯を見上げてキャッキャと声を上げて嬉しそうだ。かまど神ともすぐ打ち解けて、女の子3人が提灯の下を走り回る。

 子どもが来たと言う事は、恵さんに借りたアレの出番だ。徹は立ち上がってテーブルへと向かった。機材を出して準備をしていると、子どもたちはすぐさま寄ってきた。

「ねぇ、そいは何?」

「かき氷器だよ。昔のだけど…」

 すると、女の子姉妹の目は輝いた。

「かき氷!かき氷!」

「やったぁ」

 かまど神だけ、機材を見て首をかしげていた。

「こいが、かき氷?」

 すると徹が説明する間でもなく、姉妹が得意顔で教えた。

「これで氷をがりがり削って、甘かシロップをかけえうんじゃ!」

「それはうまそうじゃて!」

 子どもたちが期待のまなざしで見つめる中、徹はかき氷器をなんとか作動させた。恵さんの家に眠っていたもので、だいぶ旧式だ。四角く作った氷を嵌めて、車輪式のレバーをぐるぐる回す。すると、ガラスの器の上にさらさらと氷の粉が降る。

「すごおい!雪みたいだぁ」

 事前にレバーに油を挿してはおいたが、けっこう力がいる。徹は汗だくになりながらも、3つの器に雪山を作った。

「できた?できた!?」

「ん、ちょっと待ってね」

 徹は持ってきた自作のシロップをたっぷりとその上にかけた。牛乳と砂糖を煮詰めた手作りの練乳だ。できあがった雪山の横でフルーツの缶詰をぱきゅんと開けて、徹は女の子たちに言った。

「特製しろくまだよ。飾り付けは、自分で好きなのをのせてね」

 そう言うと、3人は歓声を上げたあと、作業に猛烈に集中しはじめた。つやつや輝く雪山が、真っ赤なさくらんぼや橙色のみかんで彩られていく。

「みてみて!しろくまの顔みたいにしちょっ!」

「あははっ、へんな顔だがね!」

「こいは、あかちゃんしろくまね!」

 そして出来上がったしろくまたちは―あっという間に3人の口の中に消えた。

「頭がきーんとする!」

「お腹いっぱい!でも…」

「もう一回!おかわり!」

 差し出された空の器を、徹は笑顔で受け取った。ただ純粋に、嬉しかった。

 子どもたちに「おかわり!」と言われる事が。自分の作った料理を、たくさんの人が囲んで楽しんでいるのが。

(食べる、って―そうだ、これでいいんだ)

 氷を削り出しながら、徹はその事に改めて気が付いた。

 求めている人に、求めている食事を出す。シンプルな事だ。

(凝っているものでなくていい。簡単な、それこそ家の冷蔵庫で作った氷を削るようなもので)

 そんなものでも、ちゃんと美味しいのだ。ちゃんと楽しいのだ。

 目の前に広がる光景と、暖かな雰囲気に身を浸しながら―徹は感じた。自分が受けた痛手が、この場所で少しづつ回復していくのを。

(俺は、自分を恥ずかしく、悔しく思っていた。あいつに敗けたから、って)

 自分が大事にしてきた料理への思いが、いままで頑張ってきた努力が、すべて踏みつぶされて駄目になったような気持ちでいた。自分はダメな奴なんだという気持ちが、ずっと重苦しくのしかかっていた。けれど―

(俺はまだ、料理で人を幸せにすることができるんだ…すくなくとも目の前にいる、この人たちを)

 受けた傷は、消えてなくなりはしない。だけどこれからはきっと、痛みはだんだん消えていく。その段階に入る事ができたような気がした。

 自分が満たされれば、誰かを憎む気持ちも消える。いつかはあの男の事も、許せるだろう。徹は自然とそう思えた。

「はい、おかわりできたよ」

「わぁい、ありがとう」

「次は私もしろくまの顔をつくる」

「あても真似しちょっど…」

 かまど神は姉妹の真似をして、さくらんぼとみかんで顔らしきものを作った。そして徹を見上げた。

「どや?」

 その顔はちょっとへんてこだったが―なんだか味のある表情だった。

「あは、美味しそうだね」

 思わず笑う徹に、かまど神は得意げに言った。

「徹にあぐっど!ほら、食べやんせ」

「え…なんで」

「お祭りなんじゃっで、徹も食べんな!な!」

 きっと彼女なりに、気をつかってくれたのだろう。その優しさが嬉しかった。

「じゃあいただくよ」  

 練乳たっぷりのしろくまは、あまい粉雪のようで、ひんやり舌の上で溶けていく。

(ああ、なんてことない味だ。なのに、おいしい…)

かまど神はその様子をにこにこ眺めていた。


 大人たちはしたたかに酔い、子どもたちはお腹いっぱいになり、宴会はお開きとなった。徹は恵さんを家まで送ったあと、神社にトンボ帰りをした。これから二部だ。まだやる事が残っている。

「あ…もうやってたか」

 人のいなくなった神社のレジャーシートの上に、ボゼ神と翡翠がどっかりと座っていた。かまど神は食器を片づけながらくるくる働いている。徹もそれに加わった。

「来てくれて、ありがとうございます」

「いやいや、俺は上から見てたよ。いいもんだねぇ、島の神社がこうやって賑やかなのは。」

 少し離れて隣に座る翡翠も、ボゼ神と同席しているせいで少し不機嫌そうだったが―昨日助けてもらった事もあるのか、いつもほど刺々しくない。彼女は徹を見て笑顔でうなずいた。

「よかった。お祭り、成功して」

 徹は腕まくりをして新しいお重を取り出した。

「お二人の分は別にとっておいたんですよ。どうぞ」

 とりあえずの片付けを終えたかまど神が、翡翠とボゼ神の間に座った。

「徹もお寿司、一緒に食べもんそ?給仕ばっかいであんまり食べちょらんかったやろう」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 徹が座ると、ボゼ神がそれぞれの盃に酒を注いで言った。

「では―祭りの晩に、」

 かまど神も盃を持つ。

「しろくまと提灯、そいと皆に!」

 翡翠と徹もそれに倣う。

「…いも子に」

「この島の星空に」

 4人の声が、合わさった。

「乾杯!」

 かちんかちんと、グラスのぶつかる音が夜に響く。

「っぷはぁ!やっぱり酒よ酒」

「今日は芋焼酎か。美味しいねぇ」

「何よ気取っちゃって…」

「気取ってなどいないさ、お姫さま」

「その呼び方やめて」

 仲良く喧嘩を始めた二人を、かまど姫はにこにこ見ていた。

「うれしかねぇ。こげん風に、みんなで一緒にご飯を食ぶったぁ」

 その言葉に、酒を煽っていた翡翠がふと徹を見た。彼女の言わんとする事を察した徹は、リュックにしまいこんでいた箱を出した。

「あ、あのさ、かまど神様。」

「ん?なした」

「これ…翡翠さんからの贈り物」

「私と、徹からよ」

 かまど神は少し驚いたような顔をして箱を受け取った。

「な、ないやろ…?」

 首をかしげる彼女に、徹は説明した。

「髪飾り。翡翠さんが真珠を見つけてくれて、俺が紐をつけた」

「くれっと?なんで?」

 そういわれると、徹は言葉に詰まってしまった。

「えっと、それは…その、元気を出して、ほしくて。このあいだ、落ち込んでいたみたいだからさ。開けてみてよ」

 かまど神はまじまじと箱の中に納まったものを見た。見事な真珠一粒に、七色の飾り紐が結わえられ、一輪の花のようになっている髪飾りだった。

翡翠が見つけてきてくれた真珠は、本当に立派なものだった。徹はこれまで宝石になど興味はなく、詳しくもなかった。が、それでも任されたこの丸い粒に見入ってしまうほどだった。

 しかし髪飾りに加工するならば、穴をあけるなりしなくてはならない。できれば傷をつけたくないと考えた徹が思いついたのが、水引を巻くことだった。

 めでたい席の鯛などには、鮮やかに編まれた水引をよく添えていた。あれで編み上げれば、真珠を傷つけずに飾りに組み込めると思いついたのだ。

 出来はまずまずかと思ったが―徹は箱を覗き込むかまど神と翡翠の顔を見て、少し心配になった。

「あ、変たっだかな…?ごめん、俺、アクセサリーとかよく知らなくて」

 すると二人は箱から顔を上げ、一瞬真顔になったあと―。

 かまど神は笑顔に、翡翠はキッと唇をかみしめた。

「すっげ綺麗…これ、あてがほんのこて貰うてよかと?!」

「よ、予想以上…よ」

 徹はほっと胸をなでおろした。

 翡翠は髪飾りを取り出して、かまど神のお団子の根元に挿してあげていた。

「うん、いいわ。真珠なのに花を飾ったみたいで」

「よく似合ってるじゃあないか、かまどっ子」

 ボゼ神も褒めた。

「じゃっどん、もったいなかねぇ。神社にしもうちょこうかな」

 そういうかまど神に、徹は首を振った。

「つけてほしいな。その方が俺も翡翠さんも嬉しいよ。でしょ」

「そうよ。食べ物とちがって減る物じゃないんだから、もったいないも何もないわ」

「それもそうかぁ」

 かまど神は頭をかいて照れ臭そうに二人を見上げた。そしてその後、また小さくうれしかねぇ、とつぶやいていた。


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