八月十八日 午後十時
圭が有紀を見つめて言った。
「これから先、警察に事情を聞かれます。もしかすると裁判で証言しなくてはなら
なくなるかもしれません。ですがあなたがつかなくてはならない嘘は一つだけです。
あの日の午後、あなたは部屋にいて、別荘からは出なかった」
有紀が不安そうに頷く。
「大丈夫、この辺のことは聞かれるとしても、事情聴取のときでしょう。裁判では
ないので、偽証罪に問われることもありません」
「ですけど、私が中島勇太を刺したことがきっかけになって、二人も人が死んでし
まいました」
圭は首を横に振った。
「それをあなたが気に病む必要はありません。元はといえば、彼らが薬に手を出して
いたことが原因です」
何も言わずにうつむいている有紀に圭が続けた。
「それに中島勇太の死ついて彼が罪に問われることはないでしょう。やっていないも
のをやったとは言わないでしょうし、彼が殺した物証もありません。当たり前です
けどね。仮に他殺の痕跡が残っていたとしても、山のような痕跡の中に埋もれてし
まっています」
それを聞いて有紀の表情が少し軽くなった気がした。
「結局、なぜ水野さんまで呼ばれたんでしょうね」
わからない、という風に両手を持ち上げた。
「自分がたいした罪に問われていない、というアピールをしたかったのかもしれません。
まあ、今となってはわかりませんがね」
彼が死んでしまった今となっては、という意味を言葉の裏に読み取り、有紀が視線を
落とした。
「ああ、そうだ」
圭が思い出したようにポケットを探った。
「手を出してください」
顔に不安を浮かべたまま、有紀が手を出した。圭が開いた右手を差し出し、その上に
重ねる。開いた手をぎゅっと握ると、再び右手を開く。その手から指輪が落ちた。
「ジーンズの折り返した裾から出てきたんです。バタバタしていて忘れていたんですけ
ど」
開いたままの掌から指輪を拾い上げると、圭は有紀の指に指輪をはめた。
「硬貨は掌の中に」は今回の更新を持って終了となります。
半年以上にも渡って長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
せいぜい数人かななどと思っていたのですが、予想以上に沢山の方に読んでいた
だけたようで驚いています。
今まではショートショートのようなものばかり書いてきていて、これほど長く
書いたのは本作が初めてでした。長くなれば長くなるほど目立つ語彙力と表現の
バリエーション不足。もっと精進しなくてはと反省しきりです。
結末自体もアクロイド殺しのような形式となってしまいました。探偵自身が犯人で
あったアクロイド殺しには賛否あるようで、もし不快に思われた方がいたら
すみません。
作者としては少しでも楽しんでいただけたなら、それで満足です。
最後になりますが、本当に長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。