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八月十七日 午後二時 (2)

 圭の目がまっすぐに見つめる。


「先手、ですか?」


 圭が頷く。


「あえて独りになる時間を作るんです。この場合誘い込む、と言った方が


いいかもしれませんね」


 有紀が輪をかけて不安な表情を浮かべた。


「大丈夫。完全に独りにするわけじゃありません。僕がすぐ傍に待機します」


 圭は有紀に作戦を話した。


 この晩は二つの幸運が重なった。一つは古川正行が明日島を出られる


という言葉を口にしたこと。古川正行は場を明るくしようとしただけだっ


たが、結果的にこれは柏木達也にプレッシャーをかけた。もう一つは松田


玲子が書類作成の手伝いを頼んだことだった。これがなくても、圭は


なにかしらの理由をつけて食堂か娯楽室に残るつもりだった。柏木達也を


おびき寄せるため、有紀を一人にする必要があったからだ。これによって


圭は自然に食堂に残ることができた。


 書類の作成が終わり、松田玲子と話していたとき、圭の携帯が着信を


告げた。一瞬冷やりとするが、あくまでも自然に携帯を手に取り、メールを


開く。


「寂しいです。早く戻ってきてください」


 有紀からのメール。圭はこれを待っていた。心のどこかでは来ないで


欲しいと願いながら。柏木達也が部屋を訪れたら、ドアを開ける前に、


圭にメールを送ることになっていた。まったく関係のない文面で。


 このメールがそれだった。あとから警察に見られたとしても、これが


柏木達也の来訪を伝える暗号だとはまずわからない。


 メールを見て圭は食堂を出た。つい早くなりそうな足を抑え、ゆっくり


と階段を上がる。ドアの脇に立ち、じっと耳をそばだてた。


 もう一つ、二人の間だけで決められた合図があった。もう限界だ、と


いうときには何か大きな音を立てること。


 そわそわとしながら、けれどそれを決して表には出さず、圭はじっと


立っていた。


 着替えの間、少し待っているだけです。


 という風を装って。


 そして取り決めに従い、有紀は椅子を倒した。それを聞いて圭がドアを


ノックする。僅かに間を空け、立て続けにドアを叩くことで、柏木達也は


ドアを開けざるを得なかった。


 柏木達也の言葉を聞き、駆け寄ったのは演技ではなかった。


 ―間に合わなかった。


 ベッドに横たわる有紀が見えたとき、本気で手遅れになったのではないか


と思った。当初の計画では、遺書を書き終える前に合図をするはずだった。


そしてその場で柏木達也を取り押さえるつもりだったのだ。ところが


きっかけが掴めず、タイミングがぎりぎりになってしまった。


 有紀の上に屈み込み、息があるのを確認したとき、圭は肩の力が抜けるのを


感じた。ほっとするのと同時に、圭の脳裏にさらなる計画が浮かぶ。それと


同時に、有紀の唇に人差し指を軽く押し当てた。


「部屋を出ましょう。彼女がすべてを告白して死んだなら、これ以上現場を


荒らしたくない」


 圭は遺書の内容を確認すると、鍵をすり替え、柏木達也を部屋から連れ出


した。


 電話で話を聞いた圭は、一度別荘まで戻り、ガレージに入った。有紀を忍び


込ませたときと同じように、エンジンを切って離れた場所にバイクを置き、


徒歩で近づく。携帯のライトを片手にガレージを物色し、灯油ストーブ用の


ポンプを見つけると、それを手にボートが漂着していた海岸を訪れた。そして


残っていた燃料を抜いた。


 追い詰められた柏木達也が、逃亡を図ることは容易に予想できた。そうでき


ないように、組み伏せてしまっても構わない。けれど、できればそうはしたく


なかった。


 圭は全員の前で犯人を明らかにするつもりだった。そうしないと、有紀が


出てきたときに無用な混乱を引き起こしかねないからだ。それは説明が一度で


済むというメリットがあったが、同時にあるデメリットあった。この方法だと


同じ空間に松田玲子や工藤奈緒子、古川夏美も居合わせることになってしまう。


そこでもみ合いにでもなれば、けが人が出るか、下手をすると人質を取られて


しまう可能性があった。


 一度逃がしてしまおう。


 それが圭の選んだ結論であった。柏木達也を外に出し、そこで改めて捕まえる。


それならば周りにいる人も減り、リスクを減らすことができる。工藤信太郎所有


のボートの鍵がなければ、柏木達也は漂着したボートを使うしかなくなる。


 柏木達也を逃がすことは、もうひとつのメリットを生んだ。捕まえた柏木達也を


運ぶには車がいる。島に例のトラック以外に車はないから、どうしてもそれに


乗る必要が生じた。この追跡劇に有紀が加われば、偶然を装って有紀をトラックに


乗せることができる。そうすればトラック内に有紀の痕跡があっても、なんら不自然


ではなくなる。木を隠すなら森に隠せ。これで中島勇太の一件でも、有紀に嫌疑が


掛かる可能性を更に減らすことができる。

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