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八月十五日 午後二時 (2)

 圭はトラックを見つけると、タイヤ痕が残らないように、アスファルトの上に


バイクを停めた。有紀はトラックの脇に座り込んで震えていた。激しい雨で


びしょ濡れになっていて、束になった髪からは滴がたれていた。圭の姿を


見つけると、弾かれたように駆け寄ってくる。


 「どこか怪我はしていませんか?」


 震える有紀をぎゅっと抱きとめると、改めて尋ねた。


 「大丈夫です」


 圭が車内を確認すると、運転席で中島勇太が事切れていた。胸のちょうど


真ん中辺りに、ナイフが刺さっていた。グリップ部分の構造が複雑な、


ダイビングナイフだったら厄介だと思っていたが、その心配は杞憂に終わった。


刺さっていたのは、溝のない、ツルリとした握りのナイフだった。ナイフを


抜いていなかったので、出血が少ないのも幸運だった。こめかみを揉みながら


圭が考え込む。


 「テープは?」


 有紀がポケットからテープを取り出した。


 「別荘を出るところを誰かに見られましたか?」


 少し離れた場所で有紀が首を振った。


 「誰にも見られないように、気をつけて出てきたんです。弟にも邪魔


されたくないとか言って」


 「そうですか。それは良かった」


 振り返って、有紀が薄手のシャツを一枚着ているきりであることに気が付いた。


雨に濡れ、下着が透けている。圭は着ていたレインウェアを脱ぐと、それを


有紀に着せた。


 「いいですか?今からいくつか処理をして、二人で別荘に戻ります。あなたは


今日の午後、部屋を一歩も出なかった。髪が濡れているのはシャワーを


浴びたからです。いいですね?」


 ぽかん、と口を開けたまま有紀が固まった。


 「いいですね?」


 念を押されて、有紀が頷いた。圭は車内に乗り込むと、ナイフの取っ手に


付いた指紋を丁寧に拭き取った。そして中島勇太の爪の間を念入りに確認した。


ひょっとすると有紀の皮膚が挟まっているかもしれない、と考えたからだ。


爪の間は綺麗だった。圭は中島勇太の両手を取ると、ナイフを逆手に握らせた。


助手席のロックをかけると、そのままドアを閉めた。


 「後ろに乗ってください。ヘルメットも貸してあげたいところですが、


この雨ではヘルメットがなければ運転はできません。すみませんけど我慢して


くださいね」


 そんなことはどうでもいい、とばかりに首を振り、有紀が圭の腰に手を回した。


 有紀を後ろに乗せ、別荘のすぐ傍まで戻ってきた。別荘の数百メートル手前で


エンジンを切ると、バイクを押して別荘に近づいた。


 「ここで待っていてください」


 有紀の耳元でそう囁くと、圭が姿勢を低くして窓に近づいた。窓からロビーを


覗くと、低い姿勢のまま戻ってくる。


 「ロビーに人がいます。このままでは中に入れない。僕が何とかしますから、


人がいなくなったら部屋に戻ってください」


 有紀からレインウェアを受け取ると、圭がドアを開けて別荘の中に入っていった。


 それは三人が外へ出ようとするのとほぼ同時。実にきわどいタイミングだった。


戻るのがもう少し遅れていたら、外で鉢合わせしていたかもしれなかった。


 「僕も手伝います。二人で探せば時間も半分で済みますよ」


 圭は平静を装い、捜索の手伝いを申し出た。圭はバイクの給油を口実に、三人を


外に連れ出した。このときドアの陰には有紀が隠れていたが、三人は気が付か


なかった。雨と風に目を細めていたことも幸いした。入れ替わりに有紀が別荘に入り、


部屋に戻って服を着替えた。そして階段を下りてきたところに、四人が戻ってきた。


 計画は順調に進んでいるように思えた。圭がトラックのあった場所に戻り、


助手席の窓を割った。ドアを開けてびしょびしょに濡れた体を滑り込ませ、有紀が


座っていた痕跡を消す。その後も割られた窓から雨が入り続け、証拠を洗い流して


くれた。あたかも捜査を手伝うようにして、圭は証拠の汚染を続けた。圭は計画の


成功を確信していた。

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