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八月十五日 午後二時 (1)

 中島勇太が遺体で見つかる数時間前。圭が部屋で一人、文庫本に目を


落としていたとき、ベッドの上に放り出してあった携帯が鳴った。着信の


相手が有紀であるのを確認し、通話ボタンを押す。


 受話器の向こうから嗚咽が漏れてきた。


 「遠藤さん?どうしたんです、大丈夫ですか?」


 「あの、あの、私…」


 ただならぬ様子に、圭の表情が険しくなった。


 「今どこにいるんですか?」


 有紀はしゃくりあげていて、質問になかなか答えられない。


 「か、海岸に」


 ドアに向かっていた圭の足が止まった。


 「海岸?どうしてそんなところに」


 「水野さん、助けてください。私、私、人を殺してしまいました」


 圭はぎゅっと目を瞑ると、心の中で三つ数えた。精神を落ち着け、


ゆっくりと目を開ける。


 「詳しく説明してもらえますか?」


 「私、中島勇太にトラックで海岸に連れてこられたんです。ナイフで脅されて、


抵抗したら、ナイフが相手の胸に」


 そこまで言うと、再び嗚咽だけが漏れ聞こえてきた。


 「その状況なら正当防衛が主張できるかもしれません。どうして僕に何も言わず


について行ったりしたんですか」


 「あの、テ、テープが」


 「テープ?」


 圭はベッドに腰を下ろした。途切れ途切れに有紀が話し始めた。


 「私が、その、工藤信也としているテープがあって。それを返して欲しかったら、


黙って一緒に来いって言われて」


 たっぷりと時間をかけて聞き出した結果、圭にも話の内容が読めてきた。要するに


中島勇太は、有紀を脅迫して手篭めにしようとしたのだ。悪いことに有紀にもすねに


傷があった。工藤信也とのセックステープがあったのである。それを撮ったときは


相当酔っていたらしい。あとから後悔したが、いくら頼んでも工藤信也はテープを


破棄してくれなかった。どういう経路かはわからないが、中島勇太がそれを手に


入れ、脅迫のネタに使ってきたのだった。


 「とにかく落ち着いて。それと正当防衛の件は忘れてください」


 「どうしてですか?」


 電話の向こうで有紀が鼻をすすった。


 「裁判になれば、そのテープを証拠として提出しなくてはならなくなります。


そうなれば大勢の目に触れてしまう」


 「そんな」


 「目には触れなくても、テープの存在は周りに知られてしまいます。おそらく


大学職員の職も失うことになる」


 沈黙が返ってきた。言葉を失っているらしい。


 「もしもし、遠藤さん?聞いてますか?」


 「はい、聞こえています」


 今にも消え入りそうな声で有紀が答えた。


 「とにかく今から僕がそっちに行きますから、場所を教えてください」


 圭は場所を聞くと、その場を動かないように言って電話を切った。すぐに


部屋を出ると、古川正行を探してバイクの鍵を借りた。有紀が指輪をなくした


のは事実だったし、嘘は最小限にして別荘を出た。

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