八月十八日 午前十一時二十分 (3)
「もちろん幽霊なんかじゃありません。正真正銘遠藤さんです」
青白い顔をした柏木達也は、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりして
いた。
「おかしいですねえ。あなたは昨夜、確かに遠藤さんが亡くなったと
言ったのに」
鯉のように空気を飲み込む柏木達也を無視し、圭が続ける。
「刑事であるあなたが、生きている人間と遺体の区別がつかないなんて
ことがあるでしょうか?」
簡単にシーツを畳み、椅子の背にかけた。
「さっきの松田さんと同じように、あなたにも遠藤さんが薬を飲んだよう
に見えたんでしょう?」
「ちょっといいかね?」
口を挟んだのは信太郎だった。
「私にも薬を飲んだように見えたよ。見えたがね、そんなもの近づけば
息をしているのがわかるんじゃないのか?」
待ってましたとばかりに圭が微笑んだ。
「そう、それは本当にラッキーでした。信太郎さんが言うように、調べれば
すぐに見破られたでしょう。ですが彼にはその時間がなかったんですよ。
それを確かめるより速く、僕がドアをノックしたからです。僕は信心深い
性質ではありませんが、今回ばかりは神に感謝になくてはなりませんね」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる圭に、松田玲子が尋ねた。
「ですが水野さんが部屋を出たあとに、確認のため戻ってくる可能性もあっ
たのではないですか?」
「それもできません」
そう言うと圭はポケットからキーホルダーの付いていない鍵を摘み上げた。
「遠藤さんの部屋の鍵はここにあるからです」
柏木達也がポケットから三本の鍵を取り出し、テーブルの上に叩きつけた。
「そんなはずはない!鍵はここにある」
やれやれ、という風に圭が首を振る。
「それは僕の自宅の鍵ですよ。最後に僕が遠藤さんにキスしたとき、あなた
僕らから離れて立っていたでしょう?あのときすり替えさせてもらいました。
あなたからは僕の体で死角になって見えなかったはずだ。キーホルダーに
下がっているだけで、本物だと思い込んでしまう。人間の観察力なんて
こんなものです」
がっくりとうなだれる柏木達也に、全員の視線が集まった。
「さて、何か弁明はありますか?」
そう圭が問いかけても、柏木達也は視線を床に落としたままだった。
次の瞬間、乾いた音を立て、奈緒子の平手打ちが柏木達也に炸裂した。
「どうして信也を殺したの!」
柏木達也の襟首を掴み、奈緒子が問い詰めた。それでも柏木達也は
黙ったままだった。
「あなたは脅迫されていたのではないですか?」
圭が問いかける。その顔から笑顔は消えていた。
「犯人があなただと確信したとき、僕は亡くなった三人とあなたの間の
奇妙な共通点に気が付きました。真夏だというのに、三人とも長袖以外は
着ない。となると腕に何か隠したいものがある、と考えるのが自然です」
「あの兄弟は、私に覚せい剤を売っていた売人だった」
黙っていた柏木達也が、ぽつりぽつりと話し始めた。