八月十八日 午前十一時二十分 (2)
圭はバイクに跨ると、真っ暗な道路を飛ばした。一条のヘッドライトが
行く先を照らす。別荘からある程度離れると、圭はバイクを止めた。
携帯を取り出し、ある番号に電話をかける。ワンコールで相手が取り、
小さな声で答えた。
「もしもし」
電話の相手は有紀だった。
「肝を冷やしましたよ。説明してもらえますか?」
「部屋に戻って少し経ったころ、柏木さんが部屋に来たんです。勇太さん
が亡くなったことについて聞きたいことがあるとかで。部屋に入ってくると
突然ナイフを取り出して、言うとおりにしないと殺すと脅されました」
話しながら興奮してきたのか、有紀の声がだんだんと大きくなっていた。
「遠藤さん、少し声のトーンを落としてください。部屋には誰も入って
こられませんが、声が外に漏れるとまずい」
「あ、はい。あの人はナイフを突きつけて」
そこまで言って躊躇うように言葉を切る。
「喉を切り裂かれたくなかったら、言うとおり遺書を書くように言いました。
そうすれば苦しまないよう薬で殺してやる、と」
なるほど、そういうわけだったのか。圭は相槌を打って会話の先を促しながら、
今までの違和感が確信に変わっていくのを感じていた。
「私は言われたとおりに遺書を書きました。そして薬を手渡されたんです。
私はベッドの上で飲んでもいいかと尋ねました。彼が許可したので、私は
ベッドに移り、パームを使って薬を飲んだように見せかけたんです。上手く
いくかもしれないと思って」
圭は有紀の機転に感心したが、新たな疑問も浮かんだ。
「危険な賭けですね。あいつはきっと死んだかどうか確認したでしょう?」
「抜群のタイミングでした。私が薬を飲んだ振りをして、ベッドに倒れ
込んだ直後に、水野さんが扉をノックしたんです。あの人には確かめる時間が
ありませんでした」
「明日、全員の前で明らかにしましょう。そのためにいくつか守ってもらい
たいことがあります」
電話の向こうでメモの準備をしている気配がした。
「一晩だけでいい、決して生きていることを悟られないこと。シャワーは
我慢してください。トイレは使っても構いませんが、水を流してはいけません。
きついかもしれませんがお願いします」
「わかりました。たった一晩です。なんとでもなりますよ」
たった今殺されそうになったばかりだというのに、有紀は気丈に振舞った。
「とにかく生きていてくれてよかった」
「ええ、本当に」
一瞬の間を置いて、静かに有紀が答えた。