八月十八日 午前十一時 (1)
「こんなところに集めて、いまさら何だと言うのかね?」
翌日は快晴だった。圭は全員を食堂に集めていた。
「いえね、実は皆さんにちょっとしたショーを見ていただこうと思いまして」
圭の顔には笑顔が浮かんでいた。
「ショーだと?ふざけるな!息子が死んだんだぞ。こんなときにショーなどと」
耳まで真っ赤にした信太郎が憤る。
「まあ、そう言わないでください。これは重要なことなんですよ。あなたに
とっても、僕にとってもね」
「お前だって友人が一人死んだんだぞ!よくヘラヘラと笑っていられるものだ」
それを聞いて圭が悲しげに微笑んだ。
「たとえ親が死んだとしても、舞台の上では笑顔でいられないと、マジシャンは
務まらないんですよ」
仕切り直しです、そう言って圭は一つ手を叩いた。
「ヘリが来るまではまだ時間がある。暇つぶしだと思ってお付き合いください」
圭は準備完了とばかりに胸の前で手を擦り合わせた。
「では、始めましょうか」
ポケットから三枚の硬貨を取り出した。それを机の上に並べると、真ん中と右に
置かれた硬貨に、それぞれ左右の手を重ねた。
「さて、信太郎さん。ちょっとお尋ねしますが、今、僕の右手の下にはコインが
何枚ありますか?」
信太郎の表情が険しくなる。
「馬鹿にしているのか?一枚だろう」
圭が掌でテーブルを軽く擦り、右手を持ち上げると、そこには一枚の硬貨も
なかった。無論、掌は開かれたままである。驚いた顔を見て、圭は満足そうに笑う。
「コインはほんのちょっと場所を移動したんです」
そう言って左手を持ち上げると、そこには二枚の硬貨があった。圭は満足そうに
左手を振って見せた。
「もう一度お見せしましょう」
圭は二枚になった硬貨の上に右手を、一枚残った硬貨の上に左手を乗せた。
そうして両手でテーブルをこすると、右手を持ち上げた。そこには三枚の硬貨が
あった。続いて持ち上げた左手の下の硬貨は消えていた。左手で三枚の硬貨を
掴むと、それをポケットの中に戻した。
驚いていた信太郎が口を開いた。
「君がマジシャンなのはわかった。だが、だからなんだというのだ?」
慌てない慌てない。圭が指をワイパーのように振って見せた。
「まだショーは始まったばかりです。重要なのはここからですよ」
そう言って微笑むと、背中を向けて両手を広げた。
「そう、いわばこれは推理ショー。名探偵に扮したワタクシメが、今回の事件の
真犯人を明らかにするのです」
芝居がかった調子で続ける圭の言葉を、青い顔をした奈緒子が遮った。
「あの女が信也を殺したのよ!自分でそう書き残したんでしょう」
圭が眉根を少し寄せた。
「昨日水野さんがバイクで出かけられたあと、柏木さんが簡単に説明をして
下さったんです」
「なるほど」
圭が二度三度頷いた。
「確かに、一見そういう風に見えます。ですがそれは真実じゃない。マジックと
同じ、タネとシカケがあるんです」
「いいだろう。そこまで言うなら聞こうじゃないか」
信太郎が妻の手を握って言った。
「ありがとうございます。さて、事件は四つ。一つずつ追っていきましょう」
圭はテーブルの前を行ったり来たりしながら話し始めた。
「まず第一の事件。トラックの車内で勇太さんが刺殺された事件ですが、
松田さんが指摘した通りの方法で密室は作れます」
そう言うと松田玲子の方を見て微笑んだ。
「ですが、あれは自殺だったのではないかと思います。柏木さんと車内を検め
ましたが、他殺を思わせるような痕跡はありませんでしたし。ですよね?」
「ええ、特には」
話題を振られた柏木達也が頷いた。
「私が確信を持っているのは残りの三つ。まず中島健太さんの事件。これは
遠藤さんが書き残した手順の通りでしょう。酔いつぶれた健太さんの部屋を訪れ、
過剰摂取に見せかけて多量の薬物を静注する。彼は相当酔っていたから、そう
難しくはなかったはずです。普段から薬物を常用している健太さんなら、事故か
自殺に見えますしね。けれど僕は違和感を抱きました」
圭がその指をぱちんと鳴らした。
「僕に違和感を抱かせたのは、薬物の入っていたビニール袋でした。あれだけ
酔っていて、歩くこともままならないのに、ビニールは丁寧にハサミを使って
開封されていた。その上ハサミは引き出しの中に戻してありました。おかしい
でしょう?僕が彼の立場だったら、面倒でハサミなんて使わないでしょうし、
使ったとしても引き出しに戻したりはしません」
「君の推理は筋が通っているように思えるがね」
妻の手を握っていた信太郎が尋ねた。
「結局、遠藤が犯人だったことを示しているんじゃないのか?」
「いいえ、それは違います」