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八月十七日 午前四時 (5)

 「僕らに届いた招待状、書いたのはあなただったんですね」


 「ええ、社長に命じられたものですから」


 そう言うと申し訳なさそうに視線を落とした。


 「すみません。あなたを責めているわけじゃないんです。ただ同じ文面


とはいえ、何通も書くのは大変だったろうなあ、と思いまして」


 「そんなことはありません。たったの二通ですし」


 「二通?」


 圭の眉間にしわが寄り、松田玲子は少したじろいだ。


 「はい。私が書いたのは、水野さんと遠藤さん宛ての二通だけです。


社長は信也さんに頼まれたと」


 「では中島さんたちや柏木さんの招待状は?」


 「さあ、わかりません。あの方たちは信也さんが直接招待したはずですから。


そもそも招待状なんて面倒なもの出していないんじゃないかしら」


 テーブルの上に置かれた圭の携帯が鳴った。有紀からのメールだった。


 「寂しいです。早く戻ってきてください」


 それを読むと、圭は椅子から立ち上がった。


 「では私はここを片付けてから部屋に戻ります。本当にありがとうござい


ました」


 松田玲子も立ち上がり、深々と頭を下げた。


 圭は早足で階段を上った。部屋の前まで来ると、中から椅子が倒れるような


音が聞こえた。圭は眉間にしわを寄せながら、有紀の部屋をノックした。


 返事がない。


 もう一度、今度は強めにノックをする。一拍おいてドアノブに手を伸ばした


とき、内側から弾けるようにドアが開いた。そこに立っていたのは有紀ではなく、


柏木達也だった。顔面蒼白になっている。


 「ああ、水野さん」


 首の後ろを嫌な汗が流れ落ちた。


 「遠藤さんが、遠藤さんが亡くなった」


 目の前の景色がゆがんだ。ハンマーで側頭部を殴られた気がした。


 「有紀!」


 柏木達也を突き飛ばして部屋へ飛び込んだ。すぐにベッドの上に横たわる有紀が


目に入った。ベッドサイドには錠剤の入ったビンと、水が半分ほど残ったコップが


置いてある。覆いかぶさるようにして、首筋に手を当てる。彼女の体はまだ温か


かった。呼吸を確かめるかのように、頬を有紀の顔に近づけた。


 「私が来たときにはすでに息がなかった」


 まるで言い訳をするように柏木達也が呟いた。


 「こんなときに言い難いんだが、テーブルの上に遺書がある」


 それを聞いて圭が振り向いた。柏木が圭に背を向け、テーブルの前に立っていた。


 ―水野さん、まずはあなたに謝らなくてはなりません。ごめんなさい。こんな


はずではありませんでした。ただ彼らを目の前にして、どうしても、どうしても


我慢できなかったのです。


 あの事件の後、私は精神的に参ってしまいました。恐怖で夜中に目を覚ますことも


珍しくありません。なのに彼らはのうのうと生活しています。私にはどうしても


許せませんでした。私は中島健太を過剰摂取に見せかけて殺しました。彼は酷く


酔っていましたし、私が訪ねていくとあっさりとドアを開けてくれました。あとは


簡単でした。工藤信也を殺したのも私です。中島健太の死体が見つかり、皆が


ばたばたと動き回っている隙に、塩素ガス自殺に見せかけました。すべて上手く


いきました。けれど今度は私自身が耐えられませんでした。あんな人間でも、


殺せば罪悪感を感じるものです。こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。


さようなら。―


 圭は黙って遺書を読んだ。柏木達也が圭の肩に手を置いた。


 「なんと言ったらいいか」


 肩に置かれた手を退け、圭が言った。


 「部屋を出ましょう。彼女がすべてを告白して死んだ以上、これ以上現場を


荒らしたくない」


 圭はテーブルから鍵を取った。一度扉に向かって歩き出してから、踵を返して


有紀の傍らに立った。さよならを告げるように、有紀の額に軽くキスをする。


 圭は部屋を出た。柏木達也もそれに続き、圭が扉を施錠した。それが済むと


鍵を柏木達也に手渡した。


 「少し夜風に当たってきます」


 古川正行からドゥカティの鍵を借り受け、圭は夜の闇に消えていった。


 真っ暗な中、ドゥカティのエンジン音だけが響き、そしてそれも聞こえなく


なった。


 古川正行には圭から一切の感情が消え去ってしまったように見えた。雨は既に


上がっていた。


 圭が別荘に戻ったのは、たっぷり数時間も経ってからだった。

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