八月十七日 午前四時 (2)
「古川くん、説明を」
信太郎に促され、古川正行が口を開いた。説明を聞いている信太郎の顔がみるみる
うちに赤くなり、握った拳がわなわなと震えた。殴りかかったら止めるべきだろうか、
と考えていたが、信太郎は拳を振り上げなかった。
「お前たちの処遇は東京に戻ってから決める」
三人は信太郎の脇を抜けて出て行き、信太郎自身も部屋へ戻って行った。
「コーヒーでも淹れましょうか?」
圭は申し出を断った。
「僕は部屋に戻ります。この時間なら、まだもう少し眠れますから」
とうに空が白み始める時間だったが、厚く空を覆う雲のせいで、廊下は深夜のよう
に暗かった。部屋に入ると、横になっている有紀と目が合った。邪魔なベルトを外し、
ベッドに潜り込む。
「何かあったんですか?」
「大したことじゃありません」
圭は有紀の体を抱き寄せると、目を閉じた。
結局うつらうつらしているうちに朝を迎えてしまった。食堂で顔を合わせた二人は、
お互いに苦笑いを浮かべた。
さっきは大変でしたね。
口にこそ出さないが、二人の目線は同じ意味を含んでいた。
コーヒーを飲んでいると、古川正行に話しかけられた。
「今日のお昼は揃って食べましょう。せっかく全員出かけずにいますし、少し豪華
なものを用意しますから。そのくらいの楽しみがあってもいいでしょう?」
そうですねと答える有紀の隣で、あくびを噛み殺した。
この日の午前中、圭はロビーのソファでウトウトして過した。肩を叩かれて目を
開けると、目の前に有紀の顔があった。
「もうお昼ですよ」
二人で食堂に入ると、まだ埋まっていない席があった。圭と有紀の分を除いても、
三つの席が空いている。二つは中島兄弟の分として、もう一つ数が合わない。
工藤信也がまだ姿を見せていなかった。
厨房からは肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
食事の準備はすっかり準備が整ったらしい。さきほどから古川正行が、厨房から顔を
覗かせたり引っ込めたりしている。
「私、呼んできます」
そわそわした空気を感じ取って、松田玲子が立ち上がり、食堂を出て行った。
「いい匂いですね」
誰からともなくそう言い合っているところに、松田玲子が戻ってきた。工藤信也は
一緒ではなかった。彼女はしきりに首をかしげていた。
「部屋をノックしたのですが、出てこられないのです」
彼女によるとかなり強くノックしても、出てくる様子がないという。この日は朝から
誰も信也の姿を見ていなかった。圭はなんだか嫌な予感がした。二体も死体を目撃し、
過敏になっているのかもしれないが、確かめておいたほうが良い、と本能が警告して
いた。
「古川さん、スペアキーはありますか?」
「スペアキーはありませんが、マスターキーが一つだけあります」
「ではそれを持ってきてください。部屋を開けたいので、どちらか一緒に来て
いただけませんか?」
工藤夫妻に問いかけると、奈緒子が立ち上がった。古川正行が鍵を取りに行き、
圭は奈緒子と共に部屋の前で待っていた。改めて部屋をノックしてみるが、やはり
反応はない。そこへ古川正行が鍵を持ってきた。古川正行が鍵を開け、奈緒子が
部屋に入る。
「信也?入りますよ?」
奈緒子に続いて二人も部屋に入ったが、中には誰もいなかった。プールのような
臭いに古川正行が顔をしかめた。圭はバスルームに続く扉に一枚の紙が貼られて
いるのを見つけた。