八月十六日 午前八時三十分 (2)
「かけなかったんです」
「かけなかった?」
圭がトランクから目を上げ、振り向いた。
「私が鍵を持って出てしまったら、翌朝目覚めた健太さんが困るだろうと思って」
「そうですか」
なるほど。だから古川正行は扉を開けられたのだ。圭は再びトランクを検める作業
に戻った。
中島健太はかなり大きなトランクを持ってきていた。ずいぶんと仲の良い兄弟
だったらしい。二人分の荷物を一つのトランクに詰めてきていた。トランクの中には、
衣服の間に隠すようにして、四本の注射器と粉末の入った袋が一つ入っていた。
「ゴミ箱の中身は普通のゴミばかりですねえ。薬物につながるようなものは
ありません」
散らかったゴミを戻しながら柏木達也が言った。
「二人とも見つからないように、かなり気を使っていたみたいですね」
トランクの中には使用済みの注射器もあった。針先にキャップがされ、慎重に
しまわれている。トランクの蓋を閉じて、圭が立ち上がった。
「客室の間取りって全室同じではないんですね」
圭や有紀の部屋とは異なり、この部屋にはベッドが二台入っていた。面積が二倍
とまではいかないが、部屋自体も多少広い。柏木達也はもう見るべきところもない、
といった様子でベッドに腰掛けていた。
「そうですね。工藤夫妻も二人で一部屋のようですし。あの留学生たちは三人で
一部屋らしいですよ」
圭はベッドサイドテーブルの抽斗を開けた。そこにはボールペンなどと一緒に、
ハサミがきっちりと収められていた。
「事故でしょうか?」
先ほどはっきりとした答えが得られなかったためか、柏木達也が同じ質問を
繰り返した。あまり不用意なことを言いたくはないんですが、と前置きしてから
圭が答えた。
「事故の可能性は低いと思います」
「なぜです?」
意外だという表情で柏木達也が尋ねた。
「薬の入っていた袋が落ちていましたね。あれはハサミで丁寧に封を切って
ありました。昨晩の健太さんの状態を思い出してください。あなたに肩を貸して
もらわなければ、まっすぐに歩けもしなかった。そんな状態の彼が、そんな風に
開けるとは思えない。ハサミ自体も、ちゃんと引き出しにしまってありましたし」
圭が両手にはめた手袋を脱いだ。
「ですけど、もっと以前に開封されていたという可能性もありますよ」
もっともだという風に圭が頷いた。
「もちろんその可能性もゼロではないでしょう。ですがあの袋はジッパー式ではなく、
一度開けると口を閉じられない。中身が粉末であればなおさらです。留めるための
テープも見当たりませんでしたし、昨日の夜に開けたと考えるのが自然でしょう。
何者かが封を開け、酔いつぶれている健太さんに過剰摂取させたんだと思います」
圭の推理を聞き、柏木達也は何事か考え込んでいた。
二人はクーラーのレベルを最強にし、施錠して部屋をあとにした。