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八月十六日 午前八時三十分 (1)

 腕の中で有紀が寝返りを打った。ベッドサイドの時計は八時半を指している。


艶やかな黒髪に指を滑らせると、有紀がゆっくりと目を開けた。


 「おはようございます。よく眠れました?」


 有紀は圭の胸の上に頭を乗せた。


 「はい。ぐっすりと」


 「シャワー浴びて、朝食を食べに行きましょうか」


 頭をなでながら、圭が言った。


 カーテンを開けると、窓ガラスに雨が叩きつけられていた。


 「先に食堂に行っています」


 ドア越しに有紀に声を掛けた。あくびをかみ殺しながら廊下に出ると、


中島健太の部屋をノックしている古川正行がいた。


 「おはようございます。昨晩の様子じゃ、健太さんはまだ起きられないん


じゃないですか?」


 古川正行は黄色い液体の入ったタンブラーを盆に載せていた。


 「酷い二日酔いになっているだろうと思いましてね。グレープフルーツジュース


を持ってきたんですよ」


 タンブラーは盆の上で汗をかいていた。起き抜けの渇いた喉に、それはとても


魅力的に見えた。


 「食堂に行けばまだありますよ」


 圭が熱心にタンブラーを見つめるので、古川正行が笑って教えてくれた。階段を


下りていくと、ロビーで留学生が何事か相談していたが、圭の姿を見て話すのを


止めた。その態度を不審に思ったが、無視して食堂に足を向けた。


 食堂のテーブルには、やはり魅力的に汗をかいたピッチャーが置かれていた。


逆さに置かれたタンブラーを手に取り、冷えたジュースを注ぐ。


 食堂には工藤夫妻と松田玲子がいた。圭が挨拶をすると、松田玲子が笑顔で


答えた。


 「昨日はロビーで寝られなかったようですね」


 圭はジュースを一口飲むと、微笑み返した。


 「怖がっている子犬がいましてね」


 「それは黒髪で色白の子犬ですか?」


 「ええ、まあ」


 二人が話しているところに、血相を変えた古川正行が駆け込んできた。


 「水野さん、一緒に来てください」


 ただならぬ様子の古川正行を追って、圭は食堂を飛び出した。古川正行を追い越


して階段を駆け上がり、半開きになっていたドアを抜ける。圭の目に飛び込んで


きたのは、床に倒れている中島健太の姿だった。うつ伏せになっている中島健太


に駆け寄り、仰向けにする。その体はすっかり冷たくなっていた。


 すぐに柏木達也が叩き起こされた。パジャマのまま現れた柏木達也の髪は


ボサボサで、頭の後ろでは寝癖が跳ねていた。洗面台の前に立つ暇もなかったの


だろう。顔は油でテカテカと光っていた。仰向けにされた中島健太の傍らには、


注射器が落ちていた。腕には真新しい注射痕と、ある程度時間の経過した複数の


注射痕があった。


 「デジカメを取ってきます」


 戻ろうとする柏木達也と一緒に、圭も部屋を出た。


 「顔を洗って、着替えてきて大丈夫ですよ。柏木さんが来るまで部屋の外で


待っていますから」


 十五分後、さっぱりとした顔の柏木達也が、着替えて部屋を出てきた。顔だけ


洗ってきたらしい。寝癖は直っていなかった。階段に腰掛けていた圭が立ち上がり、


二人で中島健太の部屋に入った。


 「薬物を常習していたようですね」


 デジカメで腕の写真を撮りながら、柏木達也が言う。


 「過剰摂取による事故死でしょうかね?」


 圭は質問には答えず、ベッドの上に落ちていたビニールの袋を見ていた。


内部には白い粉が付着している。おそらくこの中に薬物が入っていたのだろう。


その口はハサミのようなものでまっすぐ、丁寧に切られていた。


 「水野さん聞いてます?」


 柏木達也は作業の手を止め、圭を見つめていた。


 「え?ああ、すみません。なんですか?」


 柏木達也がイライラした様子で質問を繰り返した。休暇に来て立て続けに遺体に


出くわせば、機嫌も悪くなるだろう。


 「どうですかね」


 圭はビニール袋を元あった位置に戻した。柏木達也はゴミ箱をひっくり返していた。


 「気をつけてください。薬物の常用者は感染症に罹っていることも多いですから。


使用済みの注射器なんかが入っているかもしれませんし」


 それを聞いて柏木達也は一度手を引っ込め、ボールペンで慎重にゴミをかき


分け始めた。


 「あなたが昨日部屋に送り届けたとき、健太さんはどんな様子でした?」


 トランクの中身を確認しながら圭が尋ねた。


 「特別変わったところはなかったと思います。もめた直後だったので興奮状態には


ありましたけど。その上かなり酔っていて、足元もおぼつかなかったので、そのまま


ベッドに横たえて。私はすぐに部屋を出ました」


 「鍵はどうしたんです?」


 柏木達也の目が泳いだが、背を向けていたために、圭はそれを見逃した。

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