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八月十六日 午前七時 (2)

 中島健太と信也は、娯楽室に設えられたバーで酒を飲んでいた。二人で何か話し


ながら、というわけではない。中島健太はビリヤードをしている留学生を見ながら、


ひたすら酒をあおり、信也は横でダーツを放る圭に、絶えず話しかけていた。


 圭はカウントダウンというゲームをしていた。三百一点からだんだんと点数を


減らしていき、最終的にピッタリゼロにするダーツのゲームである。順調に点数を


削り、残り三十二点。信也は話し続け、圭はそれを聞き流していた。


 「あんたたちもツイてないね。こんなところまできて事件に巻き込まれて」


 十六のダブルを狙った圭の矢が、十六のシングルに刺さる。残り十六点。


 「俺があんたらが来るって話したら、柏木のおっさんも驚いてたよ。自分で言う


のもなんだけど、あんな体験をしたら、普通呼ばれても来ないってさ」


 二投目。コントロールが狂い、矢は十一のダブルに刺さった。二十二点が引かれ、


けたたましいブザー音と共に得点が三十二点に戻った。


 ビリヤードをしていた留学生が、会心のショットを決めてハイタッチした。


もともとイライラしていた中島健太には、それが酷く癪に障った。その上、彼は酷く


酔っていた。


 昨日、俺の兄貴が死んだって言うのに、なんだってコイツらはこんなに楽しそうに


してるんだ?不公平じゃないか。文句のひとつでも言ってやらないと気が済まない。


 中島健太はグラスを手に、三人が囲んでいるビリヤードテーブルへと歩いていった。


飲みすぎていて、完全に千鳥足だった。


 「オイ、オメーら、なにヘラヘラしてんだよ。ああ?」


 三人は中島健太を無視した。酔っ払いがなにか言ってるぞ、程度にしか思わな


かったのかもしれない。しかしこの態度が、火に油を注ぐ結果を招いた。無視さ


れたことでさらに腹を立てた彼は、すぐそばで手玉を突こうとキューを構えていた


一人の肩を小突いた。やや不安定な体勢にあった彼は、バランスを崩して転倒した。


それをきっかけに四人がもみ合いとなった。グラスが床に落ち、割れた。


 圭が古川正行と信也と共に止めに入り、なんとか場を治めたとき、中島健太は


鼻から血を流し、信也は口を切っていた。圭の口から流暢な英語が飛び出し、


三人を部屋に戻らせた。騒ぎを聞きつけて、救急箱を持った松田玲子が柏木達也と


駆けつけ、二人に応急処置を施した。ふらふらになった中島健太は、鼻にティッシュ


を詰められたまま、柏木達也に付き添われて出て行った。


 踏み砕かれて粉々になったグラスを、古川正行と有紀が片付けた。圭を含めた


三人も食堂へと引き上げた。


 「なにか飲みますか?」


 「是非」


 圭の前に琥珀色の液体が入ったグラス置かれた。口をつけると、焼けるように熱い


液体が喉を落ちていった。


 「荒れましたね」


 グラスの氷をくるくると回しながら、有紀が呟くと、圭が肩をすくめた。


 「フラストレーションが溜まっているんでしょう。ろくに外にも出られず、屋内に


閉じ込められているし」


 「昨日あんなことがあったばかりですしね」


 古川正行が自分にも酒を注ぎながら言った。


 別荘の中はしんと静まり返り、古川夫妻が洗う食器の立てる音と、水の流れる


音だけが聞こえていた。娯楽室の電気も消えている。皆、部屋に戻ったのだろう。


 「部屋に戻りましょうか」


 グラスが空になった頃合を見計らい、二人も食堂を出た。圭は鞄に入っている


文庫本を取るために、有紀の部屋を訪れた。神経が昂ぶり、すぐに眠れるとは


思えなかった。有紀の部屋、その壁際に置かれた旅行鞄の前に屈み込み、中から


文庫本を取り出す。鞄の口を閉じ、立ち上がった。


 「おやすみなさい。僕が出たらしっかりと鍵を掛けてくださいね」


 ドアに向かって歩く圭に、後ろから有紀が抱きついた。


 「遠藤さん?」


 回された腕に力が入る。


 「泊まっていってくれませんか」


 圭がゆっくりと腕を解いた。反転し、正面から有紀と向かい合う。潤んだ両目が


圭を見つめていた。


 圭が頬に右手を添える。有紀が目を閉じる。二人の距離が縮まり、唇が重なった。


初めは軽く。次第に深く。左手に持っていた文庫本が床に落ちる。圭が後ろ手でドア


に鍵を掛ける。そのまま有紀を抱え上げ、ベッドの上に横たえると、再び唇を重ねた。

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