八月十六日 午前七時 (1)
圭はロビーに置かれたソファの上で目を覚ました。睡眠と覚醒の間を行ったり
来たりしていたせいで時間の感覚が曖昧だが、少し前からロビーを人が歩く気配が
していた気がする。重力に逆らってまぶたを持ち上げると、柏木達也がテラスの
上から覗き込んでいた。柏木達也は目が合うと愛想笑いを浮かべ、テラスに引っ
込んだ。体を起こしてタオルケットを畳んでいるところに、柏木達也が下りてきた。
「昨日は本当にソファで寝たんですか?」
「僕の部屋は遺体の保管に使っていますからね」
バツが悪そうに柏木達也が口ごもった。本来は警察官である自分が、その役目
を引き受けるべきだったと感じていたのかもしれない。
この日も雨と風が酷かった。朝食はサンドイッチ。中身はハムとレタスだった。
運んできた古川正行に尋ねる。
「天気予報はどうですか?あまり天気は回復していないようですが」
「台風は九州の北に差し掛かってから、ずいぶんと速度を落としているようです。
島から出られるまでには、まだ二三日かかりそうですね」
別荘全体を重苦しい空気が支配していた。圭も一日のほとんどを、食堂で本を読み
ながら過した。テーブルの奥で信之助が仕事を始めたので、圭は離れた席へと
移動した。古川夏美がコーヒーやクッキーを運んできてくれたし、椅子の座り心地も
悪くなかった。ときおり信太郎が電話に向かって怒鳴り散らしたりしなければ、
そこいらの喫茶店より百倍過しやすかったはずだ。信太郎と松田玲子はパソコンと
携帯電話を駆使し、東京にいるのと変わらずに仕事をこなしているように見えた。
聞き耳を立てていたわけではなかったが、新太郎が電話で話していた内容から、
いくつかの言葉が聞き取れた。
新聞、会見、そして対応。
信太郎は既に帰ってからの準備を整えているようだった。
別荘内に閉じ込められ、皆イライラが溜まってきていた。一度などは激昂した
信太郎がテーブルを叩いた拍子に、コーヒーカップがひっくり返り、書類をコーヒー
漬けにした。明らかに自分の落ち度であるにもかかわらず、松田玲子に書類の再印刷
を言いつけると、信太郎は肩を怒らせて食堂から出て行った。テーブルの上を片付
ける松田玲子と古川正行、それに圭の三人は互いに苦笑を浮かべるしかなかった。
そしてその夜、ついに蓄積した鬱憤が爆発した。中島健太と留学生が小競り合いを
起こしたのだ。きっかけは些細な出来事だった。