八月十五日 午後五時 (1)
食堂では柏木達也を除く全員がテーブルに着いていた。入ってきた二人の方に、
全員の視線が集まった。圭と有紀を確認すると、がっかりしたように顔を戻した。
どうやら柏木達也が入ってきたものと勘違いしたらしい。圭が並んで空いていた
席に着くと、古川夏美が二人分のコーヒーを持ってきた。湯気の上がるコーヒー
が、温まりきっていない体に沁みた。
「柏木さんは車庫に行っています。すぐに戻ると言っていましたが」
ほどなくして神妙な顔をした柏木達也がデジカメを手に戻ってきた。裾が少し
濡れていた。
「いくつかお尋ねしたいことがあるんですが」
入ってくるなり、まっすぐに圭のところへ来た柏木達也が尋ねた。
「車内のどこを触ったか教えてもらえますか?」
「助手席の鍵と、脈を取るために遺体の首に触れました。運転している間も
最低限運転に必要な箇所しか触れていません」
「そうですか」
柏木達也はなにかをメモに書き込んだ。そして全員が集まっていることを
確認すると、自分は席に着かず、テーブルの脇に立った。
「皆さんに伝えなくてはならないことがあります」
全員の顔がまっすぐに柏木達也を向いていた。
「中島勇太さんが亡くなりました。胸にナイフが刺さって亡くなっているの
が発見されました」
圭と古川正行を除く全員がどよめいた。真っ先に口を開いたのは、弟の
中島健太だった。
「じゃあ兄貴は誰かに殺されたってことですか?」
「いえ、発見されたとき扉はロックされていたそうですし、キーも車内に
ありました。自殺の可能性もあります」
仕事柄こういった状況にも慣れているのだろう。柏木達也は落ち着いて
中島健太をなだめた。
「兄貴は自殺なんかしない!」
中島健太が弾かれたように立ち上がった。
「第一、されていたそう、ってなんだよ。あんたが見たわけじゃないのか?」
柏木達也がちらちらと目線を圭にやる。
「私が到着したのは、水野さんが助手席のドアが破ったあとでしたから」
「だったら!」
圭に噛み付きそうな中島健太の腕を、隣に座っていた信也が掴んだ。その
手を振り払い、中島健太はどっかりと椅子に腰を下ろした。その拍子にコーヒー
カップが乾いた音を立てた。だか、みなまで言わずとも、中島健太の言いたい
内容はほとんど全員に伝わったようだった。圭に視線が集まる。日本語の不自由な
留学生たちだけが、いまひとつ事情が飲み込めない、という様子で座っていた。
「つまりあなたが言いたいのはこういうことですね」
圭が自ら口を開いた。
「私が勇太さんを殺した。トラックの鍵はもともと開いていて、あたかも閉まっ
ていたかのように、僕がそれを偽装した、と」
座り直した中島健太は言葉を発しなかったが、目がその通りだと訴えていた。
「確かにそれは可能だと思います。ですがよく思い出してください。僕は昨日
初めてあなた方と顔を合わせたんです。勇太さんを殺す動機がない。それに僕が
見つけたとき、すでに勇太さんは冷たくなっていました」
「それだって、確認したのはあんた一人だろう」
疑うような目線を投げかけたまま、中島健太が言った。
「いいえ、それは柏木さんも確認しています。確かに僕が確かめてから少し
時間は経っていましたが、十分や二十分そこらで人の体は冷めません」
「自動車のドアの話ですけど」
意外にも横から意見したのは松田玲子だった。
「学生の頃にレンタカーで旅行したときの話なんですが、寒かったので友人が
車を暖めておこうとしたんです。エンジンをかけてヒーターをつけた彼女は、
ドアのロックを下ろした状態で、ドアレバーを引いたままドアを閉めてしまっ
たんです。普段助手席に乗ることが多かった彼女は、そうやってドアをロック
する癖がついていたんですね。車はインキー。レンタカーでスペアキーもありま
せんから、JAFを呼んで開けてもらわなくてはなりませんでした」
「だからなんだって言うんですか」
興奮している中島健太が、イライラと言った。
「車の密室状態は外から簡単に作れる、ということです」
反論できず、中島健太は黙ってしまった。
「まあ、そういうことです。今の段階では何もわかりません。一応皆さんに今朝
からの行動をお聞きします」
「それは私たちを疑っているということですかな?」
ずっと黙っていた信之助だった。
「いえ、そういうわけでは。形式的なものというか、なんというか」
困った様子の柏木達也に、松田玲子が再び助け舟を出した。
「こんなことになった以上、事情を聞かれるのはやむを得ないのでしょう?
だったらこれでアリバイがはっきりすれば、余計な疑いも晴れるのではないで
しょうか」
「そう!そう、その通りです。ではですね、水野さんから私の部屋に来て
いただけますか?」
柏木達也が助かったという風に、ほっとした表情を浮かべた。