八月十五日 午前八時 (1)
翌朝目を覚ますと、外は弱い雨が降っていた。パンツ一枚で頭を乾かしている
と、ドアが静かにノックされる。特徴ある三度のノック。有紀だろう。ジーンズ
を履き、とりあえずドアを開けた。
頭にバスタオルを被り、上半身裸の圭を見て思わず有紀が謝った。
「どうぞ。こんな格好ですけど」
圭はワシワシと頭を拭き、畳んであったTシャツを被った。
「どうしました?」
バスタオルを簡単に畳みながら圭が尋ねた。どこか落ち着かない様子で立って
いた有紀が、思い出したように答えた。
「朝食を食べに行かないかと思って」
五分だけ待ってもらえるよう頼み、簡単に髪を整え、部屋を出た。食堂に入ると、
食べ終えた皿を片付けてしている古川正行がいた。
「すぐに朝食をお持ちします」
パンと目玉焼きという、オーソドックスな朝食の乗ったプレートを手に戻って
きた古川は、コーヒーを注ぎながら、残念な知らせがあると言った。
「今朝早く九州に上陸した台風がコースを変えました。このまま行くと、今夜あたり
この島を直撃しそうです」
「それでは皆さん屋内に篭られているんですね」
窓の外を見ながら有紀が呟くと、古川正行がそれを否定した。
「皆さん既に食事を済ませて、出かけて行きました」
「台風が来るのにですか?」
「波が高くなると楽しめるものもあるんですよ。信也さんは友達とサーフィンに。
オーナーは留学生を連れて釣りに行きました。台風が来る前は魚が良く釣れるん
です」
有紀は古川正行からコーヒーの入ったマグカップを受け取った。
「なので今居るのは、私ら夫婦の他は奈緒子さんとあなた方だけですね」
厨房に戻ろうとした古川正行が、思い出したように付け加えた。
「そういえば柏木さんがまだでした。もっとも昨日はずいぶん飲んでいたよう
ですから、しばらく起きてはこないかもしれませんけど」
食事を終えると、二人は娯楽室に移った。雨の中出かけるのを避け、ビリヤードを
することにしたのだ。キューの握り方やブリッジなど、基本的な部分から始めた。
マンツーマンでの指導の結果、昼食の頃にはなかなか様になってきた。仮に素面だっ
たとしても、柏木達也とならいい勝負になる、そう言うと有紀は満足そうに笑った。
昼食を済ませた後、圭は自分の部屋に戻っていた。朝から降り続く雨が強くなり、
風が窓を揺らしていた。
圭は食堂に下りると、厨房にいる古川正行に声を掛けた。
「バイクの鍵を貸して欲しいんですけど」
古川正行は洗い物をしていた手を止めて顔を上げた。
「この天気の中、バイクで出かけるんですか?」
「昨日、ビーチに落し物をしてきたみたいで。天気がこれ以上酷くなる前に探しに
行きたくて」
古川正行はエプロンで手を拭きながら厨房から出てきた。
「少し待っていてください」
部屋から戻ってきた古川正行は、鍵と一緒にレインウェアも持ってきていた。
「雨がかなり強いですから、これを着ていったほうがいいかと思いまして」
礼を言って受け取ると、圭は雨の中を出て行った。
二時間ほど経って圭が別荘に戻ると、レインウェアに身を包んだ古川正行と
鉢合わせた。
ロビーには信也と中島健太も立っていた。二人は入ってきた圭を一瞥したが、何も
言わずに視線を戻しただけだった。
「どこか行くんですか?外は酷い天気ですよ」
ぼたぼたと水を垂らしながら圭が尋ねると、古川正行が困ったような顔をして
答えた。
「勇太さんが一人でサーフィンに行ったきり戻らないのです。携帯に連絡しても
出ませんし。これ以上天気が悪くなる前に探しに行こうかと。おそらく携帯は車に置い
たまま、サーフィンをしているんじゃないかと思うのですが」
ロビーに居た二人も行くのかと尋ねると、古川正行は否定した。
「勇太さんがトラックで出かけたので、今残っているのはバイクだけ。あの二人は
バイクの免許を持っていないので」
やれやれ、といった様子で古川正行が首を振った。外では強風にあおられて木々が
揺れていた。空も海もすっかり色を失い、灰色と化している。台風が間近に迫ってきて
いた。
「僕も手伝います。二人で探せば時間も半分で済みますよ」
「ありがとうございます」
中島勇太や信也ではなく、古川正行が礼を言った。
「ただガソリンが少し減ってきているんです。出る前に給油しておいた方がいい。
お二人も手伝ってもらえますか?」
四人は連れ立って外へ出て行った。
給油を終え、四人がロビーへ戻ってきた。
「なにかあったんですか?」
そこへ有紀が階段を下りてきた。毛先から雫がたれていた。圭が指摘すると、
彼女は指先で軽く毛先を搾った。
「さっきシャワーを浴びたので。タオルで拭いたんですけど」
「ちょうど良かった。遠藤さんを探していたんです」
圭が事情を説明し、有紀にいつでも連絡を受けられるようにしてくれるよう
頼んだ。