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八月十四日 午後一時 (3)

 二人の体、それに車体がひとつとなり、景色が後ろへ飛び去っていった。初めて


バイクに乗る有紀に配慮し、カーブを曲がる際には速度をかなり落としたが、それでも


柏木に置いていかれるようなことにはならなかった。見た目同様、バイクはよく手入れ


されていた。カーブを抜け、圭がスロットルを上げれば、黄色い怪物はあっという間に


加速した。


 二台のバイクは島の南側に差し掛かっていた。海岸に下りられそうな場所を見つけ


ると、圭がクラクションを鳴らし、路肩にバイクを停めた。それを見て、少し先で柏木達


也も停車した。


 人生初のバイクに興奮気味の有紀を先に降ろし、自らもバイクから降りると、スタン


ドを立てる。そこへ柏木達也がバイクをユーターンさせて戻ってきた。


 「少し海岸を見ていきましょう」


 ヘルメットを取った柏木達也の顔には、怪訝そうな表情が浮かんでいた。


 「確か見るなら島の北側って言ってませんでしたっけ?」


 それを聞いて圭が微笑んだ。


 「一応見ておきたいんですよ。見るな、と言われれば見たくなるのがヒトの性って奴


でしょう?」


 島をぐるりと囲うように作られた道路は、そのすべてが海岸に沿っているわけではな


かった。島の南側ではやや内陸部に作られており、海との間には木々が茂っている。


ざくざくと草むらを分けていくと、海が見えてきた。到着したときに見た海と違い、岩が


ごろごろした海岸だった。砂浜と磯を足して二で割ったような海岸だ。松田玲子の言っ


たとおり、無数のゴミが流れ着いていた。圭がその中のひとつを摘み上げた。洗剤の


容器と思われるそれには、ハングルで書かれたラベルが貼られていた。


 「韓国から流れて来ているんですね」


 手元を覗き込んで、残念そうに有紀が言った。


 「確かに、お世辞にも綺麗とは言えないな」


 柏木達也が「だから言ったのに」というように苦笑いを浮かべながら言った。だが圭


の目線は彼を通り越して、さらにその後ろを見ていた。とびきり大きなその漂着物は、


小ぶりの船だった。船体がボロボロではあったが、船外機も付いている。舳先を陸の


方に向けて引っかかっていた。船体にはハングルで名前が書いてある。タンクを確認


すると、三分の一ほど燃料が残っていた。圭が船外機をスタートさせると、半分海水


に浸かったプロペラがくるくると回転した。


 「どうしたんですか?」


 船をためつすがめつしている圭を見て、有紀が尋ねた。


 「いえ、まだ動くみたいですし、ちょっと珍しい漂着物だと思って」


 圭は舷牆に手をかけると、それを飛び越えるようにして船から降りた。


 「大方先日の台風で流れ着いたんでしょう。かなり勢力が大きい台風でしたから。


さあ、もういいでしょう?」


 言うが早いか、柏木達也は踵を返し、バイクを停めた場所に向けて歩き始めた。


その後ろを追いながらも、圭はきょろきょろと周りを見回していた。


 再びバイクに跨った三人は、そのまま島をぐるりと回った。島の北側では道路は砂


浜に沿って敷かれていた。圭は別荘を出た直後より、バイクを操縦しやすくなっている


と感じていた。有紀は持ち前の飲み込みの速さを発揮し、タンデムのコツを掴んでき


ていたのだ。カーブでは自然に重心を傾ける。そこで圭は直線に入るとスロットルを


上げ、一気に柏木達也を追い抜いた。有紀の腕に力が入った。くすぐったさに圭が


笑いをこぼしたが、ヘルメットの奥にある有紀の耳には届かなかった。


 三人はトラックの中から見かけた湾でバイクを停めた。圭は両手にスニーカーをぶら


下げると、ジーンズの裾を折って波打ち際を歩いた。時折寄せた波が足をくすぐった。


同じように裸足になった有紀がその後ろを追う。有紀はスニーカーを砂浜に置いてき


ていた。柏木達也は木陰に座り、海を眺めていた。


 圭がくるりと体の向きを変えた。口元に笑みをたたえると、大きく海水を蹴り上げる。


有紀が両腕を顔の前で合わせ、それを避けた。頭上から降り注ぐ海水が治まると、


有紀は両手で海水をすくい、圭に向けて放った。身をよじって避けようという、圭の試


みは失敗に終わり、シャツの肩部分を大きく濡らした。圭もスニーカーを砂浜へと放り


投げると、海水をすくい上げて応戦した。


 砂浜には大小さまざまな貝殻が落ちていた。先ほどの海岸と違い、ここにはゴミが


ほとんどない。何気なく小さな巻貝を拾い上げると、掌に乗せられた貝殻からヤドカリ


の小さな体が覗いた。波打ち際には赤や黄色の熱帯魚が群れを成して泳ぎまわり、


二人が足を踏み出すと、それを避けるように散っては、また群れを作るのだった。


 ひとしきり遊んでから、二人は砂浜に腰を下ろした。伸びをひとつして、圭が仰向け


に寝転がった。


 「どうしたんですか?」


 遠い目をしている圭を見て、有紀が訪ねた。


 「ガレージで松田さんが言ったこと覚えてます?」


 特に思い当たる節がないようで、有紀が首を傾げた。


 「あの人『アメリカの広い道路に慣れた水野さんには』って言いました。僕がアメリカ


にいた話なんて一度もしていないにもかかわらずです」


 「それって…」


 「調べたのは住所だけじゃないってことでしょうね」


 そこまで言うと圭は起き上がって、乾いた足に靴を履き直した。それを見て有紀も


スニーカーを履く。


 「あれ」


 立ち上がった有紀が驚いた声を上げた。


 「指輪が」


 有紀の中指から指輪が消えていた。圭が探しましょう、と言うと有紀がそれを制し


た。


 「どうせ安物ですから」


 それでも圭が砂浜を探したが、結局指輪は見つからなかった。


 二人が柏木達也のところへ戻ると、彼はいびきをかいていた。圭がその肩を揺すっ


た。


 「んがっ」


 短いいびきをひとつかいて柏木達也が目を覚ました。


 「置いていきますよ」


 ゆっくりと体を起こす柏木達也の背中に向かって圭が言葉をかけた。

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