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八月十四日 午後一時 (2)

 七つある扉のちょうど真ん中が圭の部屋だった。有紀の部屋はそのひとつ手前。


部屋の広さは八畳ほどだった。セミダブルのベッドが一台と、窓のそばに机と椅子が


置かれている。ユニット式ながらトイレと風呂もついていた。圭がベッドの上に鞄を置く


のとほぼ同時に、ドアが静かに三度ノックされた。扉を開けると有紀が立っていた。


 「どうぞ」


 有紀に椅子を勧めると、自分はベッドの端に腰掛けた。


 「あの、さっきの人たちですけど。事務所で何度か会ったことがあるんです」


 眉毛を少し持ち上げ、話の先を促す。


 「彼のところに覚せい剤を売りに来ていました」


 圭の眉間にシワが寄った。


 「その話、警察には?」


 「はい、事情を聞かれたときに」


 ということは、捜査では何も出なかったか、確証を得られなかったのだろう。一番


まずいのは、有紀がそれを警察に話した、ということが知られていた場合だ。


 「いずれにしても注意するに越したことはなさそうですね」


 そう言うと圭は立ち上がった。


 「さて、と。僕はバイクで島内を回りますが、遠藤さんはどうします?もし一緒に来る


なら、その格好だとマズイんですが」


 十分後、着替えた有紀と一緒にホールへ下りた。今はジーンズにスニーカーという


ラフな格好になっていた。古川正行にバイクの鍵を貸してくれるよう頼んでいるところ


に、後ろから声をかけられた。


 「バイクに乗るんですか?いいですね」


 振り返ると一人の中年男性が立っていた。体には贅肉がついてきていて、ベルトの


上にどーんと腹の肉が乗ってしまっている。頭はやや薄くなりかけていた。


 「柏木刑事?」


 「お二人は確か事件のときの」


 立っていたのは柏木達也という刑事だった。一年前の事件を担当していた刑事で、


何度か事情を聞かれた。名前が思い出せない様子の柏木達也に自分の名前を告げ、


有紀を紹介した。


 「そうでした。すみません。どうも名前を覚えるのは苦手で」


 柏木達也は頭を掻いた。


 「ところであなたがたがどうしてここに?」


 「ここのオーナーに招待されまして。さっき着いたばかりです」


 「それじゃあ私と同じですね。私も招待されて、昨日到着したんです。のこのことね。


刑事の薄給じゃあ、こんなところ滅多に来られませんから」


 柏木達也は自虐的に笑うと、古川正行にバイクが何台あるのか尋ねた。


 「バイクは全部で二台あります。ヤマハマジェスティとドゥカティモンスターが一台ず


つ」


 イタリア車のモンスターは魅力的だが、二人乗りには不向きである。マジェスティ


を選ぼうとしたところで、先に柏木達也が口を開いた。


 「悪いんですけど、私の免許オートマ限定なんです。マジェスティの方に乗せても


らって良いですか?」


 オートマしか乗れないのなら仕方がない。圭はドゥカティの鍵を取った。


 「先に車庫へ行っていてください。私は部屋に戻って免許を取ってきます。こんな


離島で取り締まりは無いと思いますが、警官が免許証不携帯じゃ締まらないです


からね」


 自分で言って笑いながら、柏木達也はどたどたと階段を上っていった。


 「では、ご案内は私が」


 いつの間にか二人の後ろに女性が一人立っていた。


 「私、社長の秘書をしております。松田玲子と申します」


 ブラウスにタイトスカートという、いかにも秘書という格好をした女性は、そう言って頭


を下げた。長めの髪の毛を後ろで留めている。顔を上げると、細いメタルフレームの


眼鏡がキラリと光った。


 「こちらへどうぞ」


 二人を先導する形で歩きながら、松田玲子が言った。


 「このような場にお呼びしてしまって申し訳ありません。社長にはお止めになるよう


進言したのですが」


 「あなたが謝るようなことじゃありません」


 有紀がそう言うと、松田玲子はほっとしたように微笑んだ。


 玄関を抜け、外に出ると日差しが眩しかった。風はあるが強くはない。正面扉のすぐ


脇、スロープを降りたところに、半地下の車庫があった。松田玲子が白い取っ手を引く


と、ガラガラという音を立てて引き戸が開いた。


 「建物の中からガレージへは行けないんですか?」


 扉を開けるのを手伝いながら圭が尋ねた。


 「行けないことはないのですが、厨房からしか下りられません。食材の保存に使う


こともあるので。ただお客様を通すような場所ではありませんから、事実上外から


しか」


 顔にかかった前髪を耳にかけながら松田玲子が答えた。


 広いスペースにバイクが二台並んで停められていた。二台ともぴかぴかに磨き上げ


られていた。


 「島の道路は広いので、バイクで走るのに向いています。アメリカの広い道路に慣れ


た水野さんには窮屈かもしれませんが」


 曖昧に笑いながら、圭はガレージの中を見渡した。壁に沿って棚が設えられており、


工具や普段使わない道具類が、整頓されて収められている。古川正行は几帳面な


性格をしているのだろう。


 「お待たせしました」


 そこへ柏木達也が入ってきた。松田玲子からヘルメットを受け取ると、それを被りマ


ジェスティに跨った。エンジンをスタートさせ、外へ出て行く。行き場を失った排気ガス


に、三人が顔をしかめた。圭は有紀にフルフェイスのヘルメットを被せると、ドゥカティを


押して車庫を出た。


 「タンデムの経験は?」


 有紀は首をふるふると横に振る。


 「コツがいくつかあります。一つは怖がらないこと。走っていればバイクは簡単には


倒れませんから。二つ目は走行中は腰に手を回して、なるべくぴったり体を寄せるこ


と。その方が体重移動が楽になります」


 そう言うと自らもヘルメットを被った。リラックスリラックスと繰り返し、ヘルメットの


後ろをぽーんと叩くと、圭はバイクに跨った。車体をしっかりと支え、有紀に後ろへ乗る


よう指示する。有紀は恐る恐るバイクに跨ると、圭の腰に手を回し、体を密着させた。


キーを回してエンジンをスタートさせる。エンジンが唸り、車体が震える。発車しようと


したところに、松田玲子が話しかけてきた。


 「もし海岸に下りるなら島の北側がいいですよ。南側は漂着したゴミで、あまり綺麗


とは言えませんので」


 圭は左手を上げてそれに答えると、親指を立て、柏木達也にジェスチャーで先に行く


よう伝えた。

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