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せんぱい、取引のお時間です  作者: シーダサマー
第四章 合理主義には敵わない
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第96話


『このあとのレクでは皆さんに肝試しをしてもらうことになっています』


 上郡は何でもない風でそう言った。

 こいつの場合は常に何でもない風なので、まあ要するにいつも通りということである。


『吊り橋効果はご存知ですよね?』

『恐ろしい体験をした男女は、そのドキドキを恋愛感情と錯覚するってやつだろ』


 曰く、人間は自らの生理的反応がどのような感情から生じたものか分類することはできないらしい。

 同じ苦労をした男女の間に連帯感が生まれ、恋へと発展しやすいのもその一種なのだと。

 思えば、俺と佐藤さんの関係も、もしかしたらそれに近かったのかもしれない。


『その通りです。昔からいろいろな文献で取り上げられてきた、言うなれば使い古された理論ではありますが、今回はそれを実践していただこうと思っています。まあ、吊り橋効果には続きがあって、男女の容姿が互いに魅力的だと思えるものでなければ逆効果になってしまうという側面もあるようなのですが、せんぱいと結月さんならその心配はないでしょう』

『実践って……具体的にどういうことをするんだよ』

『別に大した話ではないですよ。単に男女でペアになってもらって、()()()()()()()肝試しをしてもらうというただそれだけの話です』

『……手を繋ぐって、簡単に言ってくれるけど、俺にとっちゃ十分に大した話なんだが』

『せんぱいにとっては実践というよりも実戦かもしれないですね。でも大丈夫です。せんぱいならきっとできます。わたしが太鼓判を押しますよ』


 相変わらず他人に対して積極的にハンコを押したがるやつだなあ。


 俺のトラウマは未だ克服途上だ。具体的に山のどの辺りまで登っているのかもわからないが、少なくとも登頂は出来ていない。今でも女子が近づくと身体は言うことを聞かなくなる。

 そんな俺が、果たして女子と手を繋いだまま平静を保つことは出来るのだろうか。

 不安百パーセントという感じだった。


『結月さんとは同衾した仲なのでしょう? ならきっと大丈夫ですよ』

『いやしてねえよ。同衾なんてしてねえ。プラネタリウムで隣同士寝転んだってだけだ』

『でも肩が触れても大丈夫だったのでしょう?』

『それは……暗かったし、お互い天体を見上げているようなシチュエーションだったからギリギリなんとかなったわけであって』

『今回だって似たようなものじゃないですか。転ばないように真っ直ぐ前だけ見ていればいいのですよ。あとは感情が勝手に勘違いしてくれます』


 そんな簡単に進むような話ではないと思うけれど。

 上郡は感情というものを過大評価している気がした。


『それに、結月さんと合法的に手を繋ぐことのできるチャンスなのですよ。他の男子たちはさぞ羨むことでしょうね』

『それだよ。そもそも俺と結月さんがペアになるって決まったわけじゃないだろ?』

『何を世迷言を。決まっているに決まっているじゃないですか。わたしが運営サイドにいる時点で如何なる不正も思うがままなのです。ちょっとした小細工でくじを操作するなど朝飯前ですよ』

『朝飯前ね……』

『なんなら昨日の夜中のうちに仕込みは完了しています。睡眠前とでも呼びましょうか』

『……』


 イマイチ締まらない言い換えだった。

 そもそも朝飯前というのは別にタイミングの問題ではなく、朝飯を食べる前でもこなせるほど容易なことを指し示すわけだから、言い換えとしては別に正しくもないだろう。


 何れにせよこいつは組織のトップに立っちゃならない人間だなと、切実にそう思った。


『今回わたしは裏方を予定していますが、一年生の何人かは道中の脅かし役を予定していますから、皆さんを存分に怖がらせてくれると思います。ふふふ、怖がるフリをして結月さんにしがみつくこともできる鉄壁の作戦です』

『どこが鉄壁だバカ。抜け穴しかねえよ。大体そういうのは普通、男女逆だろ。まあ、そもそも結月さんが怖がりなタイプには見えないけども』

『わかりませんよ。結月さんの仮面の下は――案外普通の女の子かもしれません。女性はみんな嘘つきですからね、あまり見たまま聞いたままを信じない方がいいかもですよ』


 素の自分を見せるのが怖い――。

 俺は昼間の結月さんの言葉を思い出す。

 皆が思う結月さんなら、きっと肝試しの場であっても気丈に振る舞うのだろう。

 果たして、それはどちらの結月さんなのだろうか。


『一応確認しとくけど、今回は一昨日みたいな無茶、しないだろうな?』

『ええ、ご安心ください。ご心配をおかけするようなことは……あー、ありません。ありませんとも』

『……なんだそのわざとらしい言い淀みは。不安になるだろうが』

『ふふ、冗談ですよ。小粋な後輩ジョークです。わたしは誰かを傷つけることも、自分の価値を下げるようなこともしませんよ。せんぱいとの約束ですものね。せんぱいはせんぱいの為に、わたしはわたしの為に、約束の範囲内でベストを尽くしますよ』


 上郡は俺の目を見てそう言った。

 少なくともそこに嘘や欺瞞はないように思えたが、しかしこいつは結月さんよりも考えていることが表情に現れづらいからなあ。


 信頼はしてるけれど。

 信用はしづらいタイプなのである。

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