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せんぱい、取引のお時間です  作者: シーダサマー
第四章 合理主義には敵わない
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第80話

「ふぁあ……眠くなってきちゃった。愛澤……どうやら、私の瞼はここが限界みたい。私を置いて、先に行って……」

「どこにだよ。むしろ先に行くのは佐藤さんの方だろ。眠いなら寝ておいでよ」

「ここを通りたくば……私を倒していけ」

「眠気で今にも倒れそうなやつなんてデコピンで十分そうだな」


 愉快なやり取りを繰り広げるが、しかし佐藤さんは本当に眠そうだった。


 佐藤さんはあくびを噛み殺しながら眼を擦ると、緩慢な動きで立ち上がる。

 彼女の中で先ほどの疑念が払拭されたのかまでは定かでないが、しかし少なくともこの場でこれ以上追及する気分ではないらしい。

 そのまま、おやすみぃ、と手を振り部屋を後にする。


 シンと、静謐な空気だけが取り残される。


「うーん、私たちもそろそろお開きにしよっか。もう結構遅いもんねえ」

「ああ、そうだな……」


 結月さんの提案に俺は首肯で返す。


 時刻はてっぺんを回っていた。

 健康優良児の俺としては普段ベッドに入る時間に限りなく近づいてきている。

 確かにそろそろ頃合いだろう。


「四日目はお昼過ぎには帰るし、明日が実質最終日かあ。折り返しはとっくに過ぎてるって考えるとなんだか早いね〜」

「明日の日中はほぼ缶詰だろうしなあ。でも、一年からしたら明日が本番みたいなもんだろ。準備は万全か?」

「ええ、上々ですよ」


 俺たちは撤収作業をしながらそんな言葉を交わす。


 しかし、上郡のやつ、他のメンバーがいる前では本当に存在感が希薄化するというか、全然目立たねえな。話を振られない限り自分からはマジで喋らない。俺とサシの時はあんなに饒舌なくせに。


 無論、強制するような話でもないが、ほんの少しでも自発的に話をするようになればあっという間にこいつの周りは人で埋まっていくだろうに。

 まあ……そもそもそれが煩わしいと感じるからこそなのかもしれないけれど。


 そんなことを考えているのが伝わったかのように――いや、ただ単に偶然タイミングが嚙み合っただけなのだろうけれど――上郡は片付けの手を止め、徐に口を開いた。


「結月さん、ちょっとだけお話ししませんか?」


 それは、普段他人に興味を示すことの少ない上郡にしては珍しい提案だった。


 結月さんも同様の感想を抱いたのか、ほんの少し驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにいつもの結月スマイルを取り戻す。


「あはっ、いいよ。どんなお話しかな?」

「ずばり、結月さんのことを教えて欲しいのです」

「……私のこと?」

「はい」


 先ほどの佐藤さんの問いかけにも動揺一つ見せることのなかった結月さんが、今度は明確に困惑の色を示す。

 上郡の真意を掴めず、イマイチ流れに取り残された感のある俺は静かに趨勢を見守る。


「……いいよ、何が聞きたいのかな? スリーサイズ以外なら答えてあげる」


 やや緊張した面持ちながらも、にこやかな表情を崩すことなく結月さんは向き直る。

 対面する上郡は相変わらずの無表情だ。


「わたし、僭越ながら結月さんのことは高く評価しているんです」


 随分と不遜な口ぶりだった。

 僭越ながらって枕詞をつければいいというものではない。


「ええと、それは……ありがとうと言えばいいのかな?」

「ええ、何をやっても卒なくこなす万能さ、自らの容姿を鼻にかけることのない謙虚な姿勢は見倣いたくとも見倣えないものです。特に、愛澤せんぱいのような方を相手にしてもしっかりと対処することのできるコミュニケーション能力は、わたしにはないスキルなので素直に凄いと思います」


 結月さんが褒められているかと思いきや俺が腐されていた。

 素直に怒りたいところだが今は我慢する。


「うーん、別にそんな大それたことはしてないけどなあ。それを言うなら上郡さんだって凄いじゃない。入試もトップ合格だったんでしょう? それに見た目もお人形さんみたいに可愛いし」

「ええ、それは否定しません」


 しねえのかよ。

 ……まあ、しねえだろうなあ。

 こいつはそう言うやつだ。


「けれど、そんなわたしでもわからないことがあるのです。完全無欠に見える結月さんのことだからこそ――わたしは気になるのです」

「……気になる?」

「結月さんは、一体、なぜそんなにも()()()いるのでしょう?」


 シンと部屋が静まり返る。

 先ほどまでと同じようで、それでいてどこか決定的に異なる静寂であった。

 結月さんを真っ直ぐと見据える上郡の表情は尚も動かない。


「……あ、あー。んんん? 私が何かに怯えてる、ってのはどういうことだろ? 何に――何かに怯えてるように見えるのかな?」


 結月さんは一瞬の逡巡を垣間見せるもすぐに気を取り直し、(ひる)むことなく言葉を返すが、上郡の方も一切の遠慮を見せることも、臆することなく、その視線を真正面から受け止める。


「そうですね。たとえば、自分のアイデアをベースにした小説を書くことだったり、自分の感情をストレートに表現することだったり――特定の誰かと親密になることだったり」

「……」

「結月さんが()()()()()()をしている姿をわたしは見たことがありません。()()()()()()()()()()()、私の目には怯えているように()()()のです。そんな簡単で、誰でもできることを、一体なぜ怖がることがあるのでしょう?」


 ここまできて俺はようやく気がつく。

 

 これは楽しい楽しい歓談どころか、質問ですらなかった。

 お話、などというシンプルでありふれた枠組みには到底収めることは出来ない。


 上郡の目的は――挑発だ。

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