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せんぱい、取引のお時間です  作者: シーダサマー
第三章 現実主義は靡かない
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第50話

 美優ちゃんと『恋人ごっこ』なるものをすることを決めてから会うのは今日が初めてだった。

 あの日以降、「今何してるのー?」だの、「はやく会いたいなー!」だの、恋人っぽいチャットは届いていたものの、俺は「ああ」とか「はい」といった塩対応に終始してしまう。

 大変失礼な話だが、どうにも普段の美優ちゃんとのギャップを禁じ得ず、どのようにリアクションすればよいのかわからなくなってしまう。


 そんな経緯もあってか、途中からは「今何してるの? なんで返信遅いの? あたしからのチャット嫌なわけ?」、「あんたんち行っちゃおうかな。ねえ、聞いてる?」といつもの口調に戻っていった。やはり変に恋人のようなセリフを使われると、なんだかむずがゆくなってしまう。これくらいの温度感がちょうどよく、心地よく感じるのであった。


 ……あれ、これ戻ったと言えるのか?

 ただの病んだ恋人では?


 ふと浮かんだそんな疑問は一旦横に置いておく。


「悠馬、お手」

「はい?」

「手、出しなさい」

「おおうっ!?」


 俺が言われるがままに手を差し出すと、美優ちゃんは引っ手繰るようにしてその手を掴む。

 そのまま、白くほっそりとした指を俺の指と指の隙間に絡ませ、ギュッと握りしめた。


 俗にいう恋人つなぎというやつだった。


「さ、行こっ」

「あ、あの、美優さん? これはちょっと恥ずかしいというかなんというか」

「あたしたちは今、恋人なの。別に手を繋ぐのはなにも変なことじゃないでしょ」

「……恋人つなぎじゃないといけないの、これ? 普通に手を繋ぐだけでもいいんじゃ」

「はあ? 恋人どうしがするから『恋人つなぎ』なんでしょ。第一、普通に手を繋ぐだけじゃ昔のあたしとあんたの関係と変わりないじゃない」


 それは確かにそうだった。

 ただ手を繋ぐだけだと従姉に引っ張られる自分をどうしても強くイメージしてしまうことだろう。俺にとって手を繋ぐということはそういうことだった。


 しかしどうして、これはなかなかに恥ずかしい。

 美優ちゃんの容姿は否が応でも注目の的になる。行きかう人々の目を強く引き付けることだろう。

 そんな彼女の横に並び立つというのは、そうした目線に晒されることと同義だった。


「ほら、行くわよ」


 そんな俺の気持ちなぞ露知らず、歯牙にもかけず、美優ちゃんはグイグイ先に進む。歳を重ねようと、シチュエーションが移ろうと、俺を引っ張る美優ちゃんという構図は変わらないらしい。


 俺の手を強く握り、引っ張っていく美優ちゃんの手の形をよりダイレクトに感じる。

 手のひらの柔らかさだけじゃない。

 ちゃんと血が通っているのか疑わしいくらいに白い手の甲からは想像できないほど、熱い彼女の体温が俺の手のひらに伝播していく。

 それは、小さな子どもの頃に握っていた彼女の手のひらの温もりそのままで、どれだけ成長しようと美優ちゃんは美優ちゃんなのだと気づかされる。


 柄にもなく、ほんの少しノスタルジィな気分を覚えつつ美優ちゃんとモール内を闊歩する。


 やはり人が集まる場所には様々な商品も集まるようで、ハイブランドから量産品まで、値段が高いものから安いものまで、どんな財布の持ち主であっても安心して買い物を行うことができる施設のようだ。


 最後に洋服を購入したのはいつだったか考えてみる。

 確か、高校卒業後、大学入学前にいくつか買った記憶はある。買ったといっても、量販店で目立ちすぎず地味過ぎない服をチョイスした程度で、自分のオシャレのためというよりは最低限大学生活を過ごしていけるように揃えたという方が表現としては近い。


 その結果、俺の中の主力打者がパーカーになってしまったというわけである。

 いや実際パーカーって便利だからね。前を締めてしまえばインナーがどんなものでも気にならないし、逆に前を開けていればインナーの色で違いを生み出せるのだ。

 アウターなんて全部そんなものだろうと思われがちだが、それはちょっと違う。コートやジャンパーほどアウターアウターしておらず、かと言ってトレーナーほどインナーインナーしくもない。何が言いたいかというと、着脱の自由がそこにはあるということだ。

 春夏秋冬、オールシーズン着ることができるのは、ほかには精々カーディガンといったところだろうが、残念ながらカーディガンにはフードがついていないケースが一般的だ。


 つまり季節のみならず気候にも対応できるのは唯一、パーカーだけと言っても過言ではないだろう。

 パーフェクトオールラウンダー、洋服界の5ツールプレイヤーである。


「まず、何か気になってるモノはある? まったく参考になるとは思っていないし、むしろ悪い見本として参考になるとすら思っているけれど、一応、あんたの意見も聞いてあげる」


 酷い言われ様だった。


「そうですね、ではまず新しいパーカーを」

「却下」


 俺が言い切るより早く美優ちゃんがカットインする。思っているより数倍、食い気味のカットインであった。


「聞いてくれるんじゃないのかよ」

「聞いてあげただけ。聞き入れるなんて誰も言ってない」

「そんな後生な……」


 こちらを見向きもせず、すげなく一刀両断され、俺は思わず肩を落とす。


 しかし冷静に考えてみれば、上郡に批判されたパーカーを凝りもせず買いに行こうとするのは割とどうかしていた。

 どうやらパーカーの熱にあてられてしまったらしい。クールダウンしろ、俺。


 ところでパーカーの熱ってなんだよ。

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