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せんぱい、取引のお時間です  作者: シーダサマー
第三章 現実主義は靡かない
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第43話

 しかしこの日は雨の影響か、いつもより図書館棟内にこもる人の数も多く感じた。

 図書館内には十分な勉強スペースが設置されているのだが、ほとんどすべての席が埋まっている状況だった。

 部室に至っても同様で、そちらも利用者は一年生から四年生までダイバーシティに富んでいた。入口から覗き見ると、結月さんの姿もそこには見える。いくらコミュニティスペース然とした扱いになっているとはいえ、ここまで人口密度が高いと集中できそうにない。


 自分の()()の影響もあって、パーソナルスペースは広い方だと自認している。女性はもちろんのこと、男相手であっても見ず知らずの人間と触れ合うレベルまでの至近距離で隣り合うというのはやや抵抗感を禁じ得ない。どうしても隣が気になってしまってあまり集中できなくなってしまう。


 まあ一人だからといって人並み以上に勉学に集中できるわけではないので、これも半ば言い訳に過ぎないのだが、誰かに責められているわけでも、説明を求められているわけでもないので別に構わないだろうと自分を納得させる。

 言い訳だろうとなんだろうと人混みは苦手だ。苦手なものは苦手なのだ。


 仕方ない、今日は5-6ルームに向かうとしよう。あそこなら確定的に人はいない。

 エアコンがない点が若干不満だが、図書館棟内は全域開放しているので、図書スペースの冷気はどの部屋にも多少なりとも届いているはずだ。湿度は高いがそこまで気温も高くないしなんとかなるだろう。


 部室の入り口から顔を引っ込ませると、その足で階段を昇る。

 カツンカツンと階段を踏みしめる無機質な音が周囲に反響する。五階に近づくにつれ、その音は大きくなっていくようであった。


 図書館棟5階廊下の突き当り、誰にも気づかれずひっそりと存在する6号応接室にたどり着く。戸を開くと、そこには先客――上郡真緒の姿があった。


「よう、来てたのか」

「おはようございます」


 フレームの細い眼鏡をかけた上郡はPCに向かい合っていた。入室した俺を一瞥するとすぐに視線をモニターに落とす。彼女もきっと俺と似た理由でここに来たのだろう。俺は上郡の真向いの席に腰かけた。

 眼鏡姿は初めて見たが、とてもしっくりくる感じだ。文学少女っぽい容姿と理知的な雰囲気が合わさって、なんなら裸眼よりも似合っているまである。


「なんですか、じろじろと」

「いや、眼鏡似合ってるなって」

「……ありがとうございます。せんぱいは普段、眼鏡かけてませんよね?」

「ああ、ありがたいことに視力は悪くないんだ」

「へえ、眼だけは悪くないんですね」

「随分含みのある言い直しをしてくれるなあオイ。言っておくけどな、俺はどんなことでも大体平均ちょっと上くらいにはこなせるんだよ。ミスター中の上、ザ・器用貧乏と呼べ」

「なんでちょっと誇らしげなんですか」


 中学時代の同級生女子に言われた、『愛澤くんって悪くはないんだけど良くもないよね』という素直な発言が今でも脳裏に焼き付いている。

 褒めも貶しもしないシンプルな評価って、人間の本音をモロに表している感じがして一番胸に突き刺さる。

 というか良くもない、で言葉を締めている時点で半分貶してるんじゃないかこれ。もし褒めるニュアンスがあったら、良くはないけど悪いわけじゃないよ、って表現になるよな。そう考えたところで7年越しくらいのクリティカルヒットを受ける。


「試しに俺のどこが悪いか、言ってみろ」

「服のセンス」


 俺は死んだ。


「初デートでパーカーはどうでしょうか」

「そういうのは当日に言ってくんねえかなあ!」

「中に着ていたシャツ、温泉地で買ったやつですか? あれは女子的にはたぶんないんじゃないですかね」

「いっそ殺せよォ!」


 言い訳をするようだが、女子とのデートなんて一切想定もしてなかったものだから、我が家には着古した服しか置いていなかった。その中でもまだまともに着れそうな服をチョイスしていったつもりだったが、さすがに湯煙マークのTシャツはNGだったらしい。ちなみに美優姉はそこらへん一切気にしないタイプである。


「まあわたし個人としては、服なんて着られればなんでもいいとは思いますけど。でも世の中そういう人ばかりではないですからね。結月さんとのデートに向けてはいい教訓になったんじゃないですか?」

「お、おう……」

「そうだ。ちょっと目線を変える意味合いで、眼鏡とかどうです?」


 そう言って、ハンカチでレンズを拭いた眼鏡をこちらに差し出す上郡。

 俺は受け取るのを一瞬躊躇する。眼鏡って、当然に人肌に接しているものだし、鼻の頭とか耳の後ろとか割とセンシティブな部分にも触れているから、割と神聖なものなのでは。俺の中ではシャツ以上、下着未満くらいの位置づけだった。俺なんかが触ってよいものなのだろうか。

 逡巡する俺に対し上郡は不思議そうな視線を向けてくる。その表情に羞恥心などは一切垣間見えない。俺の気にしすぎなのだろうか。


 ドキドキしながらも眼鏡を受け取る。

 そして装着。どうやらブルーライトカット用の眼鏡らしく、それほど度はきつくない。上郡の顔にフィットするサイズ感なので当然俺にとっては多少小さめではあるが、問題なく装着することができた。


「……どう?」

「……ん、悪くはないんじゃないでしょうか」


 ほんの僅かではあるが上郡が言い淀む。良い、悪いの二択でズバズバと回答するタイプの上郡にしては珍しい言葉の詰まり具合だった。


「なんだよその微妙な反応。はっきり言えよ」

「悪くないは悪くないです。それ以上でもそれ以下でもありません。でもあんまり人前ではかけないほうがいいかもですね、ちょっとうさん臭い感じになるので。はい回収です」


 早口でそう捲し立てると、身を乗り出して自ずから眼鏡を回収していく上郡。

 そうか、うさん臭い感じになるのか……少しだけへこむ。

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