第42話
「うっ……嫌というわけじゃなくて、どちらかというと倫理的によろしくないと言いますか」
「はあ? 従姉弟なんだから倫理的には問題ないし、親戚の目を気にするってならそもそも誰にも話さなければいいだけでしょ。あっ、もしかして、キスなんかしたらあたしのこと本当に好きになっちゃうかもって思ってる? あはっなにそれウケる~」
「うるせえ!」
カラカラと笑い俺の肩を叩く美優ちゃん。
いやあ美優ちゃんが楽しそうで何より。
しかし実際、美優ちゃんの発言はまさしく俺の懸念そのものだった。
これが本当の姉だったら理性以前の歯止めが利くのだろう。中学校時代の友だちが『姉の乳を見ても何も感じないし、むしろはよ仕舞えよクソボケアホブスという感情しか湧かない。触れたいなんて死んでも思わない』と豪語していたことを思い出す。
俺には姉妹はいないが、たとえば母親と置き換えたらなんとなくその気持ちはわかる。シンプルに、生理的に無理だ。
けれど、たとえどんな前置きを並べようと俺と美優ちゃんが従姉弟であるという事実は揺るぎない。法律的には結婚できる立場にあるし、本当の姉弟ほど同じ時を過ごしてきたわけでもないのでスキンシップすることに生理的な抵抗も働かない。むしろこのままだと逆の意味での生理現象が発生しかねない。
ここまでの美人が自分に対して本気の感情を向けてきたときに、自分がどうなってしまうのか、今の時点では想像もつかない。
だからこそ怖い。
自分が抱いた感情のその先に何が待ち受けているのか。
しかしまあ、美優ちゃんの反応から察するに、こんなことを考えているのは自分だけなのだろう。彼女にとっては俺はどこまでいっても可愛い弟で、スキンシップは所詮スキンシップでしかないのだ。
なんだか自分ひとりが昂っているみたいでバカらしくなってくる。
心頭滅却火もまた涼し。心を整えよう。
「まあでもあたしは、あんたを本気で惚れさせるつもりで行くけどね。じゃないと意味ないでしょ」
不意に、顔を寄せる美優ちゃん。再び至近距離に迫る桃色の唇。心、整わず!
視線の行き場をなくし、右往左往する俺の瞳をじっと見つめ、愉快そうに口角を上げる。
「とりあえず、どれを試すかは次に来る時までに吟味しとく。だから――今日はこのまま二人でまったりしよ? ね、悠くん。何かして欲しいことあるかな? お料理、お掃除、耳かき、添い寝、洗体、なんでも言ってね」
唐突に恋人モードに入った美優ちゃんは、甘えたような声で囁く。
おい最後の方のやつはだいぶ危ねえだろ。
しかしちょうどよかった。どうしても美優ちゃんにお願いしたいことがあったのだ。
美優ちゃんにこんなことをされ続けて、もう――俺にはどうにも我慢が出来なくなっていた。
「……じゃあ、一つだけいい?」
「なぁに?」
「そろそろ、俺の上からどいてくれ。マジ漏れそ」
「……」
直後、俺はトイレに駆け込む。
ムード? そんなもん知らん!
*
と、まあこんなやりとりとは裏腹に、ここ暫くは平穏な日々が続いていた。
7月中旬に入り、いよいよ期末課題や期末試験が佳境を迎えつつあった。きっとどの大学もそのはずだ。
さすが根は真面目というべきか、美優ちゃんもこの時期だけは押しかけてくることはない。ちゃんと自制を効かせられるのは良いことだ。その分、解放された時が怖いけど。
ともあれ、右を見ても左を見ても試験試験、課題課題ばかりで、この時期はどうにもテンションが上がらない。もちろん、これが終われば大学生特有の超ロング夏休みが待ち受けているわけだが、浮かれ気分になるにはまだ早い。
依然、空に残る長雨の名残がより一層気分を陰鬱とさせる。特に髪の毛の面でな!
意外というべきか、この時期は文芸部室に顔を出す人間もそれなりに多い。講義の合間に課題をこなしたり、試験情報の交換を行ったりと、本来の使われ方ではないものの違った賑わいを見せていた。まあそもそも文芸部らしい活動なんて部誌を除けば他大学との合同読書会や文芸品評会くらいなもので、いずれにせよこの部室本来の用途などあってないようなものである。コミュニティスペースとして使われることに反対する人間などどこにもいなかった。
俺はと言うと、講義の無い時間帯は基本的には部室を含め図書館棟内に住み着いていた。どうにも家だと捗らない。というか床に座って、背の低い卓袱台で勉強するなどというのは土台無理な話だ。
そういうわけで講義棟と図書館棟を往復する日々である。今日も今日とて部室に足を運ぶ。
これでもゼミが始まっていない分だけマシなのだろう。先輩方の様子を見ていると切にそう思う。




