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せんぱい、取引のお時間です  作者: シーダサマー
第四章 合理主義には敵わない
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第105話

「そ、それより、いったい何の用なんだよ? 怪我を押してまでわざわざ大学に来たからにはそれなりの用事があるんだろ」


 ぽわぽわとした空気をぶった切り、俺はそう尋ねた。

 あの空気はなんだか心臓によろしくない。相手が上郡の場合はなおさらだ。


 俺の問いかけに対し、上郡は斜め上の方を見上げながら答える。


「うーん、用事はあるっちゃあるんですけど、ないっちゃないんですよねえ」

「なんじゃそりゃ」

「まあでも、強いて言うのであれば――一番はせんぱいに会いたかったからですよ。あの日のお礼を改めてちゃんと言いたくて」

「……はあ」

「本当にありがとうございました」


 そう言って素直に頭を下げる上郡。


 どうやら目の前の旱魃女にも雨季が到来したらしい。

 なんだか、調子が狂うなあ。

 狂ってばかりだ。


「せんぱいはとうとう、わたしというラスボスを陥落させたわけです。いい気なもんですねえ」

「お前なんかラスボスでもなんでもねえよ」


 キャラ的には万能な結月さんの方が如何にもラスボスっぽい。

 上郡はちょっとエッジが利きすぎてる感じ。ドラクエで言えばブオーンあたりだ。

 というか、そもそも何に対するボスなんだよ。


「時にせんぱい、合宿で交わしたわたしとの約束、覚えていますか?」


 上郡は机に肘をつき、身を乗り出してそう尋ねる。


「……手繋ぎで肝試しクリアできなければ罰ゲームでも何でも受けてやるって話だろ」

「ええ、クリアできなければわたしの言うことを文句ひとつ言わずに聞き入れるという話です」

「そこまでの約束を交わした覚えはない」

「今日はその権利を行使したいと思い、お越しいただいた次第です」

「お前の暴走のせいで達成しそびれたわけなんだけど、その権利を行使することに対して罪悪感とかないの?」

「ありませんね」

「いっそ清々しいよ」


 上郡は堂々と言い切る。

 とんだマッチポンプ野郎だ。

 野郎ではないけれど。


「まあ、いいよ。わかった。理由はどうあれ一度結んだ約束を違えるは漢にあらず。罰ゲームだろうが罪ゲームだろうが、好きなことを申しつけるがいいさ」

「罪ゲームというのは新しい漫画のタイトルみたいでなんだかワクワクしますね」

「どんな内容であろうと受け止めてみせるよ。愛澤悠馬という人間の懐の深さを舐めるなよ。俺の胸を借りるつもりで飛び込んで来い」

「なるほど頼もしい限りです。では遠慮なく胸を借りさせていただきますね」


 そう言って立ち上がった上郡はゆっくりトコトコとこちらに歩み寄ると、立ったまま話を聞いていた俺の胸にポスンを収まり身体を預けてきた。

 ――身体を預けてきた!?


「――ちょ、上郡サン? 何がどうなってるんです? 変なフラグを立てた覚えも折った覚えもないんですけれどどどど?」

「これが罰ゲームです。ふふ、慌てふためくがいいです」


 言葉とは裏腹に邪気の無い笑顔でそう言うと、内心大わらわのこちらを後目に、上郡は俺の胸元へコツンと額を寄せてくる。


 えっ、えっ、俺は何をされるのでしょう!?

 エマージェンシー! エマージェンシー!! いろいろな意味で動悸が止まりません!


 などと心中でお祭りを開催していると、上郡が顔を伏せたまま真剣なトーンで切り出す。


「――こんな体勢でなんなんですけど、せんぱい、取引のお時間です」

「おぉ……マジでこんな体勢でする話じゃねえなあ……なんだよ」

「いつもと逆パターンにはなりますけど、わたしのお願いを――いえ、『告白』を聞いてもらいたいのです。どういう対価を求めるかは――わたしの話を聞いた後にせんぱいが自由に判断してくださって結構です」


 表情は見えないがどうやら冗談で言っているわけではなさそうだ。

 『告白』という字面通りの意味合いではなく、きっと彼女は俺に何かを伝えようとしているのだと、そう直感する。


「……わかった、聞くよ。いくらでも、どんな体勢でも聞いてやる。好きなだけ話せよ。どれだけヘビーな話だろうと受け止めてやるぜ」


 あの夜も、こうして至近距離で言葉を交わしたことを思い出す。あそこから俺と上郡の関係は始まった。まああの時はここまで接近されているとほとんど何も話せなかったが、こうして会話が成り立つだけ自分自身の成長を感じる。


 思えば、俺はいつだって上郡の話を聞かされてきた。上郡が喋り、俺がツッコむ。それが俺たちの関係性だ。確かに、目的も真意もよくわからない女子との会話は最初のうちは恐怖でしかなかったけれど。

 けれど、いつからか俺は上郡との時間がとても心地よく感じる自分がそこにはいた。

 ……もちろん、それは彼女の罵倒の数々が気持ちよかったとかそういう話ではない。確かに小気味よくはあったが俺はドMではない。


 それはともかく。

 あれだけ畏怖の対象としか思えなかった女子との時間が楽しみになるだなんて、ほんの数か月前までは想像もできなかった話だ。


 美優姉、結月さん、そして上郡。

 マイナスからのスタートではあるし、未だにマイナスを歩んでいる状態ではあるけれど、それでも着実に前に進むことができているのは彼女たちのおかげだと確信している。


 だから俺はいつだって恩を返したいんだ。

 彼女たちが望むのであれば、話くらい何分でも何時間でも、何十時間でも聞いてやる。

 告解したいことがあるならば、気が済むまで聞いてやる。


 さあ、こいよ。

 どれだけ長い過去編だろうと付き合ってやる。夏休みだからな、てっぺん越したって構わない。それくらいの覚悟は出来てるんだ。


「……ありがとうございます」


 俺の言葉を聞いて顔を上げた上郡は、嬉しそうに目を細めると、意を決したように静かに口を開いた。







「せんぱい――わたしと付き合ってください」


「……はい!?」


 ――上郡真緒は、いつだって予想の斜め上を越えてくる。



第一部、完

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