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せんぱい、取引のお時間です  作者: シーダサマー
第四章 合理主義には敵わない
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第99話

「愛澤くんは後輩の水着を剥ぎ取ろうとした前科があるからねー」

「これに関してはみんなの理解と納得を得られるまで俺は繰り返し主張し続けるけれど、俺が剥ぎ取ろうとしたのはあくまでTシャツだ」

「似たようなものじゃない」

「似てねーよ。似てすらない完全に非なるものだよ」


 それでも僕はやっていないと高らかに謳おう。


「うーん、どうだかねえ。さすがの私も胸を触られるのは嫌だよ」

「さすがの結月さんじゃなくてもフツー嫌だと思うよそれは」

「私の胸に触れたら、次元の狭間に送るからね」

「具体的にどんな罰なのかよくわかんねえよ」


 そんなやりとりをしていると、気づけば俺たちの出番は目前に迫っていた。


 辺りでは喧しいほどのセミの合唱が空気を揺らしている。

 普段はうるさいとしか思わないその鳴き声も、いざ暗い森へ足を踏み出すとなると、なんだか自分が一人じゃないのだと思わせてくれる感じがした。


 まあ、隣には結月さんがいるし、一年生ズもそこかしこに配置されているみたいだから、そもそもとして一人というわけではないのだけれど。


 いつまでもウダウダとぼやいていても何も始まらない――いや、この場合、()()()()()()()という方が正しいか。

 結月さんが変わろうとしている中で、俺が駄々っ子のように手足をばたつかせるのは、些か水を差すようなものだ。


 仕方がない。腹を括ろう。

 さんざめくセミのように――愛澤悠馬も殻を破る頃合いだ。


 お化けも、女性も、怖いという感情を受け止める。

 受け流すのではなく、見ないフリをするのでもなく――受け止める。


 人生では、時に多大なプレッシャーを感じる局面に遭遇する。

 たとえば九回の裏、一打逆転のチャンスとなる打席だったり、たとえば自分の将来がかかった大きなコンクールだったり。


 これは別にスポーツや芸術に限った話ではない。日常生活だって小さな緊張の連続だ。

 如何なる場面でも緊張しないだなんて人間はこの世にはいないだろう。どれだけ実績があって、どんなに自信を持っていても、大なり小なり緊張はするものだ。


 曰く、人間の潜在意識と顕在意識のバランスは九割以上を潜在意識が占めているそうで、どれだけ顕在意識の方が緊張を忘れようとしても残りの大半が緊張してしまえば、自分自身の中で知らず知らずのうちにギャップが生まれてしまうのである。それでは良いパフォーマンスなど発揮しえない。あのイチローでさえ、プレッシャーから逃れる方法はないとそう語った。


 重要なのは緊張する自分を受け入れること。

 緊張した自分自身を客観視し、それを受け入れる。そうすることで潜在意識と顕在意識が100%一致し、パフォーマンス向上に繋がるのだそうだ。よく言われるゾーンに入るためには必須条件なのだろうと思う。


 きっとそれは文字に起こすほど簡単なことではないのだろう。

 緊張するということは、それだけ自分の中で大事に思う何かがあるということ。

 すなわち、緊張することを否定するのは、自分自身を生き様を否定するのと同義なのだろうと思う。


 戻れるなら戻りたいほど手痛い失敗を繰り返してきた俺だけれど。

 忘れられるなら忘れたいほど黒歴史を積み上げてきた俺だけれど。

 自分の人生を否定することだけはしたくない。

 それは、こんな俺を支えてきてくれた人たちを否定することになってしまうから。


 だから俺はこの緊張を受け入れる。

 ()()愛澤悠馬を甘受する。


 ――と、まあ大仰な言葉を並べてはみたものの、やろうとしていることはたかだか女子の手を握って肝試しをするだけというのはなんとも俺らしいオチだった。

 情けなくて恥ずかしくて、上郡以外の誰にも言うことは出来ない。

 オチにすらならないオチだ。


「なんかね、ちょうど中間あたりに見晴らしのいい広場があって、そこからは星空が綺麗に見えるんだって」


 俺が滔々とモノローグを垂れ流していると、いつの間にかお手洗いに席を立っていたらしい結月さんがそう聞かされる。

 どうやら司会進行役の一年生と話をしてきたらしい。


「へえ、そうなのか」

「うん、ここから上り坂をずーっと登って行った先にあるらしいよ。ちょうど真ん中あたりで都合がいいからチェックポイントにしたみたい」


 今俺たちがいるキャンプ場は標高的には一番低い場所にあるらしい。

 そうは言っても所詮は丘なのでそこまでの高低差があるわけではないのだが、木々がこちらに覆いかぶさるように生い茂り、今いる地点から空は見えづらい。


「そこなら星座は見えそうだねえ」


 結月さんはのんびりとした口調でそう言った。


 今日は――伝統的七夕の日。

 生デネブを、三千年前の光を見ようと、あのデートの日に約束した――伝統的七夕だ。


「結月さん、愛澤さん、そろそろですー」


 係の女の子が俺たちの名を呼ぶ。

 人知れず覚悟を定めた俺の腰は、思っていたよりもずっと軽かった。


 傷つくこと、弱みを見せること、それらを避けていちゃ本当の意味で強くなることは出来ない――あの夜、俺が偉そうに語った言葉が今さらながら身に染みる。


 なんてことはない。

 避け続けていたのは俺も同じ。

 同じ穴の狢どころの話じゃねえな。棚上げも甚だしい。


 俺は人知れず自嘲的な笑みを浮かべた。


「愛澤くんどうしたの、にやにやして。気持ち悪いよ」


 全然人知れずじゃなかった。

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