好きか嫌いかと問われれば
あれも嫌いこれも嫌いそれも嫌い、何でもきらいッ。
私はそう叫んでいた。
そう叫び続けていた。
あらゆるものが嫌いだった。
私の目に映るすべてが嫌いだった。
「はあ……はあ……」
学校の屋上。
私は顔にタオルを押し付けてそう叫び散らしていた。
猛暑真っただ中。
夏の厳しい熱線が私の皮膚をあぶる。
「…………」
クラスメイトと話をしていた。
あれってつまらないよね。
あれって面白いよね。
そうだよね、そんなもんだよねえ。
共感を求める声、共感した振りで笑う振りをする自分。
別に面白くも何ともなく、勝手に自分の何かを押し付けてくるだけのしょうもないクラスメイト。
けれどそれを否定することも突っぱねることもできない。一言でもそう言えば、たちまちあのクラスにはいられなくなってしまうから。
「ほんっと嫌っ!!」
親も親でああいしろこうしろ、あれするなこれするなって五月蠅い。私は私の好きなようにやってるのだ。何で彼らの指図を受けなきゃいかない。
先生やクラス連中にハブられないよう立ち回ってストレスかかってるんだから、家くらいでダラダラしても別に構わないだろって。
「ほんっとにほんっと!」
私はまた一人で叫ぶ。
授業をサボって今ここにいる。
何もかもが嫌になると、こうして一人で学校の屋上に授業をサボって出てくる。
大声で叫ぶのが恥ずかしいとか、聞かれたら不味いからとかで、わざわざタオルを持参してこうして叫んでいる。
意味もなく、私は叫んでいる。
「はあ……はあ……」
その場に膝をつき、女の子座りで空を仰いだ。
ギラギラと私を照り付ける太陽。
見るたびに、下に出るたびに太陽消えろと心に叫ぶ。
こんなにも暑苦しい太陽が憎くて憎くて仕方がなかった。
「ほんっと最低っ!」
私は叫ぶ。
私は叫ぶ。
「なあーに一人で叫んでるのお?」
「ッ!?」
バッと振り返る。
屋上の入り口。その梯子を上った上に彼女がいた。
足をブランとさせて、日傘を差して寝転がっている。
「何をそんなにカリカリしてんの?」
「……何でもないです」
「またまたあ、そんな他人行儀にしなくても、あんたの叫びは私には聞こえてるの。鬱陶しいだの死んでしまえだの、物騒なことを叫んでいたじゃない」
「…………」
「ははーん、もしかしてお前、思春期って奴だな?」
彼女は日傘を掴んで起き上がる。
綺麗な金髪だった。そして耳にピアス。
明らかに校則違反。加えて授業もサボり。
解りやすいほどに不良生徒。
けれどのその雰囲気は怖いというか、陽気で楽し気なそれだった。
私の嫌いな人間だ。何でもかんでも楽観的に考えている適当人間。
大嫌いだ。
「おうおう、怖い顔しちゃって。なあに? お姉さんが話聞いてあげようか?」
リボンの色からして三年生。
もうそろそろ高校受験に向けて勉強していなければならないのに、彼女は楽観的に笑っていた。余裕綽々と、適当に。
「……いいです」
「またまたあ、じゃあさっきのシャウトは何? 独り言にしちゃあストレスたまってんじゃないのお?」
ニヤニヤ笑って話しかけてくるのが余計に腹が立つ。
「あなたには関係ないことでしょっ」
ギロリと睨んでいた。
「あはははは~、そうそう、その調子だよお♪」
と、腕を振る彼女に、私はイライラが募る。
「何? そうやって挑発して、私に喧嘩打ってんの? 私を感情的にさせて楽しい? なんて悪趣味な人なのかしら。それともそうすることがコミュニケーションの上達の一歩とでも親に教わったのかしら? なんて馬鹿な親なのかしらねっ」
と、言葉を重ねた。
「両親はもう死んじゃったわ」
「は?」
「今はおじいちゃんおばあちゃんの家に住まわせてもらってる。結構快適なんだなこれが」
胸が痛んだが、私は口にする。
「だから何? 私には両親がいませんって言えば同情してくれると思ってる? ばっかじゃない。私可哀想でしょって?」
「全然? 事故で死んじゃってもう三年以上たつけど、もう慣れちゃった」
「慣れちゃったって、あんた、親に対して最低ね」
「なんで? 悲しんでてもお父さんとお母さんは帰ってこないもの。前向きに考えないとね」
「あんた」
「私はねー、専門学校に行くんだあ。そこで仕事の技術やコミュニケーションを身に付けてー社会に出るつもり。あんまり二人に負担は掛けたくないしー。美容院って素敵でしょ? この髪だってそこでやってもらったんだあ」
「ひ、人のお金で」
「バイトで稼いだよお」
「金髪とかあり得ない」
「今どき金髪を卑下するとか古い古い♪ どこの昭和の考えってね」
「死んだ親に申し訳ないとか」
「全然。自分のしたいことを一生懸命しなさいって教えられたから、私は迷惑が掛からない程度にはやってるつもり。センコウに目を付けられているけど、だから何って感じ。授業も受けずに百点ばっか取ってたら何も言われなくなったし」
「あんたが言うことを聞かないから先生が諦めただけでしょ」
「そうかもねえ。だからいいんじゃない♪ そんな頭の固い人と一緒に居ても無駄だし。とりあえず学校の勉強はクリアしているんだから、内申点は無視無視。これから先社会に出たらそんなこと言ってる場合じゃないから」
「百点取って偉いでちゅねえ」
「あははは、可愛いこと言ってくれるじゃん。赤ちゃん扱いなんてすごくいい。もっとそうして? なんだか落ち着くわあ」
「あたまおかしいんじゃないの、あんた」
「よく言われる。でも最高。だってあと何十年って生きなきゃならないんだから、自分の目指したい場所とか行きたい場所を探したって罰は当たらない。大人になってからだと遅いよ? 優等生ちゃん」
「っ……」
「人の悪口は大賛成っ。息抜きは必要だものね。それで? 何か変わった? 変えられた? 受け入れた? 考えた? 何にもしてないんじゃない? だから憂さ晴らしに私を攻撃してる。暇つぶしにちょうどいい私をさ」
「暇つぶし? 私はいつでも忙しいわよっ」
「じゃあ教室に戻って勉強したら? 学生の本分は勉強、とかいう大人の言いなりになって静かに勉強でも何でもしていればいい。私みたいに百点を量産できているなら話は別だけど、話を聞く限りそうでもないように思えちゃうねえ」
「五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!」
私は叫んでいた。
遠くから聞こえる蝉の音をかき消して。
「そんなに大声出すと皆に聞こえちゃうぞ♪」
「給水タンクの音で掻き消えるわよっ」
「それでもうるさいかな、あんたの声」
「っ……」
「嫌いなら嫌いでいいけど、何で全部きらい? 私はあんたの真面目さが好きね。聞いていたけど、一生懸命学校の空気に馴染もうとしてる。すごいじゃん。私にはできないことだし嫌い。バイトの職場の方がずっと楽」
「逃げてるだけじゃないっ」
「でも学校から聞こえる笑い声とか、バカ騒ぎとか、愚痴と悪口とか、イベントとか遠足とか行事とか、そう言った面は好きい。学校の全部が嫌いなわけじゃない」
「中途半端ねっ」
「言ったでしょ? 受け入れているだけだって。ピーマンの苦みが嫌い。でもこう調理したら美味しくなって好き、みたいな感じ。見方や考え方の問題ね」
「詭弁も甚だしいわっ」
「それならあんたの言葉は何? 客観的に聞いても、あなたの言葉が正しいようには全く聞こえない。さっきから口数も少ないし、誹謗中傷の言葉も出ない感じ?」
「っ……」
「都合が悪くなると視線を逸らすんだ。つまんないの」
そう言うと、彼女は傘を一瞬折り畳み、上から飛び降りる。スカートがめくれたがスパッツだった。
「あんた何してるの?」
「な、なにって」
「ここで、じゃないよ? そこで、何してるの? 気分が晴れたなら、早く元の場所に帰らないと、もしくは羽ばたかないと」
そう言って、彼女はにやりと笑って入り口から出て行った。
一人残された私。無性に腹が立って、地団太を踏んだ。
気分晴れると、考える。
「……何してるんだろ、私……」
ペタリと座り込んで、タオルで汗を拭いた。
身体の中にある悪いものが全部出たような感じだった。
急に無気力になる。
何やってるんだろうと自問自答。
情緒不安定な自分に嫌気が差す。
「……ここで何してるんだろ」
叫び散らかした、なのに彼女は怒りもしなかった。終始ニコニコ笑っているだけだった。まるで聖人君主。嫌いな人で、綺麗な人だった。
建物の陰に入って涼む。服の中にタオルを入れて汗を拭う。
膝を丸めて顔を埋めた。
チャイムが鳴る。
「……行こ」
教室に戻る。
「池園~、どこに言ってんだよ~」
いつも話に合わせているグループのリーダー格。他の人もそれに合わせて私をつつく。
「……トイレ」
「トイレって、授業始まる前からいなかったのにずっと籠ってたのか? どんだけでけえうんこ出したんだよ」
へらへら笑う周囲。
「別に」
そう言って席に座った。
「んだよ、ノリ悪いぜえ?」
背中を叩かれた。結構痛かった。
「……」
「んだよその眼はよ」
こんなのとずっと一緒につるんでいたのかと思うと、やるせない気持ちになってきた。
彼女の言う通り、何だか情けない。
「何でも」
「っち」
その舌打ちに、他が反応する。彼女を伺うように、そして私に敵意を見せて。
「調子に乗ってんじゃねえぞクソが」
そう言って、彼女は教室を出て行った。取り巻き達が彼女を追いかける。
「…………」
何だかすっきりした。
一人。
これはこれで良い気分だ。
「……まあいっか」
自然とそう口ずさんでいた。
彼女の微笑む顔を浮かべている自分が誇らしかった。
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【集】我が家の隣には神様が居る
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