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左の君は  作者: バランガ
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第二部その四




「帰れ帰れ。ここはお前のような小童が来てよい所ではないぞ」


蝿でも追い払うかのごとく、手の平を振られる。

やっぱそう簡単にはいかねーか。

今おいらがいるのは、どでかい門の前。

お察しの通り、草野とかいう貴族の邸に来てる。

赤銅の阿保があの糞餓鬼に泣き落とされたとばっちりだ。

二人とは違い、顔が割れてないおいらが下働きとして潜り込むことになった。おいらとしては、あまり目立つ真似はしたくないんだけど。

今後の商売に差し支えるからな。

ちなみにいつも根っこばっか食ってるわけじゃない。もしものときのためだ。

下働きとか振り売りとかだけじゃ波があるからな。

けどこんなに高貴なとこに来るのは初めてだ。


「まーそう堅いこと言わずにさあ。おいら水汲みだって不浄の始末だって何でもやるぜ?人手がいるって立て札あったじゃん」


駄目元で粘ってみる。ここであっさり引き退ってみろ、後でなに言われるか分かったもんじゃない。


「だからって、」


「どうした、何ごとか」


ふっと後ろから影に覆われる。目の前のおっさんの顔が青くなった。


「も、申し訳ございませぬ!すぐ退かせます故!」


「あーいい、いい。この童は?」


「は、それがそのう働かせてほしいと申しまして」


「ふーん」


そこで言葉が途切れたので、おいらも恐る恐る振り向いてみる。

若草色の上衣に整ってはいるけど地味な顔。


「なあお前、人探しって得意?」


いきなり本人のご登場かよ〜〜。







邸内はとにかく広かった。


「ここが広廂。あっちが寝殿。で、そっちが昼の御座。寝殿と御座には近づくなよ。あと寝場所はあの小屋を使っていい」


どんだけあるんだ。この前入った少納言とこのより広いぞ。これじゃ探る前に迷いそうだな。


「おい、聞いとるのか」

「聞いてる聞いてる」

「まったく……」


それにしても自分の足で出入りする貴族なんて初めて見た。門番のおっさんも大変だなー。

いつ現れるとも知れないなんて、気が気じゃないだろうに。

あれか、高貴すぎると一周回って自分の足で歩くのも雅〜とか思うんだろうか。


「ほら、着いたぞ。小屋だ。仕事は古株から教われ。草野様の気まぐれとはいえ、ここでお仕えできるなんてお前運がいいぞ。せいぜいがんばりな」


おっさんの言う通りだ。ま、気長にやるか。




「用、水汲んで来て」

「用ー、屑捨て頼むよ」

「用、不浄の始末は?もう終わった?」

「用、」

「はーい!ただ今!」


潜り込んで早三日、おいらはすっかり馴染んでいた。怪しまれなくてほっとしたぜ。

人手がいるというのも嘘じゃないようで、朝から晩まで呼ばれっぱなしだ。

いやー人気者はつらいね。

でもこれなら、もし見咎められても言い訳が立ちそうだ。そうだな、寝殿に潜り込んでみるとかいいかもしれない。

さっき庭の掃除を言いつけられたから、藁と桶は持ってる。

が、そうは上手くいかなかった。


「そこで何やってんだ」


やべ。

背後から聞こえた声にびくっと反応してしまう。

いかんいかん平常心だ。

無理やり口の端を釣り上げて振り向くと、いたのはまたしても地味な兄ちゃんだった。


「どうだ、少しは慣れたか」

「はあ」


………おかしい。

狭霧の話では、この草野とかいう地味のっぽはそこそこ忙しいらしい。

こんな所に居ていいはずないし、おいらに話しかけてくるなんて絶対おかしい。


「なんで、って顔してんな」

「……まあ」


そりゃそうだろ。一応『潜入』してるわけだし。

いきなり難敵が出てきたら焦らあ。


「ま、そう警戒すんなよ」


よほど顔に出てたのか、苦笑される。


「初めに言ったろ、人探しは得意かって」

「……どなたかお探しなんですか」


声がひっくり返らないよう抑えるのに必死だ。

しょうーがねーだろ、こちとら庶民なんだぞ。

それも、みなしご。

赤銅が余計なことに首突っ込まなきゃ一生縁がなかったはずの世界だ。


「まあな。で、お前にその人を探してほしいのさ」


……これ、ばれてんのか?

でもそれにしちゃ回りくどい。


「ええっと、その、お探しの方とは」


まじーな、あわよくばこの兄ちゃんとは懇意にならずに仔細だけ持ち帰りたかったのに。


「あー……一言で言うと糞餓鬼だな、糞餓鬼」


狭霧のことだな。

この場合、どう反応すればいいんだろ。

的確なだけに思わず頷きたくなる。


「糞餓鬼なんですか?」

「糞餓鬼も糞餓鬼。名は狭霧だ。見た目若紫なのに、性格は糞だと思うのがいたらそいつだ」


事実だからしょうがねーけど狭霧、乳兄弟にまで糞呼ばわりされるってどんだけだよ。


「見つけたら正式に俺の下男にしてやる。一生安泰だぞ?」

「……まあ、その、なるべくがんばります……」


それだけ言うのが精一杯だった。

でもよ。じゃあ、なんでそんなに。


「なんで、そんなに必死なんですか」


糞餓鬼なのに。

さすがに口には出さなかったが、おいらの言いたいことは分かったらしい。

草野とやらは曖昧に笑うだけだった。


若草色の上衣を見送った後、おいらも再び忍び込める場所を探してうろついていた。

大事な客人が来たとかで女房が探し回っていたらしい。お貴族様も結構大変なんだな。

てか聞いてたより断然気さくな感じで驚いたぜ。

とてもじゃないけど、邸に火を放ったという『草野』とは同一人物に思えない。

なんか裏がありそうだ。


「床下にするか」


まあ、今は盗み聞きするのが先だ。

尻尾が出ないうちに、さっさと済ましてとんずらしちまおう。

床下なら暗いし汚いから、多少の物音じゃ覗かれもしないだろう。

万一見つかったら、手にある桶と藁で掃除していたとでも言えばいい。

人目を気にしながら広廂の下まで来る。

さわれば分かるよう水を少し地面に垂らし、奥へ奥へと進んでいった。

随分進んだな……どこら辺だろ?

下げていた頭を少しだけ上げて見回す。


「……になったら実行するのだ」


お?


「申し訳ございません。私がついておきながら」


この声……確か右近とかいう、きっつい感じの女房だ。揉めてるっぽいな。


「思いの外、草野様のお気持ちが強く……」

「まだ見つからぬか」

「……裳着に乱入した賊が匿っているかと……山の中に小屋を見つけましたが、もぬけの殻でした」


どうやら狭霧が見つからなくって思うように計画が進んでないらしい。

あいつ、そんなに重要人物なのか。


「ふん、大方どこかに身を潜めているのだろう。手数を増やし早急に捕らえよ。費用は惜しまぬ」

「よろしいのですか」

「あれが滅多に言わぬ我がままだ。仔猫一匹くらい捕まえるなど造作もない。左大臣ほどではないが、私も息子は可愛いのでね」


……ん?息子?誰が誰の。

深く考える前に、もっと気になる言葉を耳にした。


「まあ、目星はついている。左大臣の取り巻きの邸を当たれ。左大臣もそこにいる」








気配が遠ざかるのが分かって、笑みがもれる。

間諜とは、左の君もまったくの腑抜けではないのか。


「……行ったな」

「ええ、しかしよろしかったのですか、捕らえなくて」

「よい。あれに人質としての価値はない。泳がせておいた方が役に立つ。にしても、私は少し左の君を侮っていたようだ」


右近が訝しげな顔をする。



「思ったより楽しめそうだな」







最近ほんっとーについてない。


「会いたかったぞぉお狭霧ぃい~!怪我などしておらぬだろうな!?」

「父上ぇええ~!父上こそご無事で何よりっ狭霧は安心いたしました~!」


傍から見れば感動の再会だ。だが。


「うぉっほん、そろそろよいですかな」


あんたらな、ここ儂ん邸だぞ。


「おや、いらしたのか大納言」

「腹はもう大丈夫なのですか」


今、再発しおったわ!お前らのおかげでな!


「~~~っお二人とも、ご自分の置かれた立場がお分かりでしょうな」


なるべく、なるべ~く平坦な声を心がける。

ここで怒ったら負けだ。


「うん?ああ、右大臣のことか」

「やはり父上も気づいておられたのですね」

「まあな」

「なーなら何でおっさん止めんかったん、大変やってんで?狭霧は言うこと聞かんし泣き止まんし」

「うるさい!赤銅は黙ってろよ!」

「なーはっはっは!狭霧が飼いたがった鬼とはお前であったか!草野は分かりにくいようで、実に単純な男よ。まだまだだのぉ小童」

「えぇ……そおか?」

「おっちゃんの言う通りだぞ赤銅。あの兄ちゃんの狙いは狭霧だ。正直狭霧さえ兄ちゃんの気持ちに応えてやったら全部丸く収まるような気がすんだけど。てかここも狙われてるぞ」

「歌のひとつももらってないのにか?僕は嫌だぞ。あといい加減この鬘取りたい」


混沌だ。混沌としている。

迷惑極まりないが一応上位の左大臣親子はともかく、この汚らしい鬼擬きと童は何者だ。

地べたとはいえ場違いすぎるだろ。


「まあ、狭い所でぐだぐだ言ってもしかたあるまい」


左大臣が扇を弄りつつ場を仕切る。

狭い所で悪かったな!


「じゃあ、どうすんねん。このままじゃ向こうがやりたい放題や」

「ふん、お前が申しておるのは木偶を使った呪詛のことであろう?なら朔の日までは動くまい。呪詛を行うには朔の日が一番だからの」


側で話を聞きながらぼんやり考える。

主上に呪詛をしかけるとは恐れ多いことこの上ない。

確かにどっちかというと今代は気弱ではあらせられるが……。

ま、所詮は雲の上のこと。

万年大納言止まりの儂には関係あるまい。


「だ、大納言、大納言っ」


御簾の隙間から、従者が呼びかけてくる。

なんかやけに慌ててるな。

まあどお〜せ大したことなかろ、目の前のこいつらに比べればたかが従者の言うことだ。

庭に猪でも出たかな。


「右大臣がっお見えにっなりました!!」

「はあ〜〜〜ッ!?」











続く






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