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左の君は  作者: バランガ
3/9

その三




門を出て角を曲がると、もう我慢できんくて二人同時に吹き出した。


「どうだ、僕の演技のすばらしかったこと!若紫だって目じゃないぞ」


「そんなら、わいかてお淑やかーな姫さんやったで!いやぁ自分の才能が怖いわー」


見たやろ?あの慌てっぷり!まーさか、この可憐で清楚な若紫ちゃんが執念深くて残虐非道な糞餓鬼やとは夢にも思わんかったやろ。それにしてもや。


「なかなかやるやんけ自分。仕返しついでにこんなに巻き上げて」


金はもちろん、香木に鏡に後はなんや、まあ色々やな。大納言の“手間賃”

を言質に、やれ「寺院に持ち込むなら無げにされぬよう、この品がたしかに大納言のそれと分かる物を」だの「秘密裏にということなので、門番への口止め料を」だの、ようあそこまで有ること無いこと言えるもんやで。


「言ったろ、稼がせてやるって」


ふふん、と糞餓鬼が笑う。可愛い顔して末恐ろしいやっちゃ。


「へーへーおおきに」


「じゃ、僕はこれで」


「へ!?」




てっきり同じ方向に行くのか思たら、箱を持って反対へ歩き出す。


「ちょ、ちょお待ち!」


「あん?んだよ、まだ何かあるのか」


ほんっと糞餓鬼やなー。用事が済んだら、はいさよならって情緒なさすぎやろ。そりゃ身分は低い(つーかそもそもない)けど、こんな男前今逃したら次いつどこで会えんのかわからへんねんで?名前とか居所とか気にならんのかい。


「自分、何かわいに聞きたいことあるんちゃう?」


「特にないけど」


即答か。


「いや、あるはずやで〜?よう考えてみ?」


「んー…ないな」


ええ、本気で…?わい、聞かれたらどう答えよか練習してたんやけど。


「いやいや、名前!わいの名前!気になるやろ!?よう聞きぃや、わいはなぁ」


「必要ない、鬼擬きで充分だ」


「んな」


掴んだ裾をあっさりふり払って、すたすた歩き出す。ほぉおお?そっちがその気なら、こっちかて考えがあんでえ?


「あーあ、残念やなー。せーっかくいろいろ案内したろと思たのに」


ぴたっと足が止まる。


「貴族の坊っちゃんは右京の南っ側とか行ったことないやろし?」


お、今度はそわそわし始めたで。もう一押しや。


「そっかー興味ないんかー。そんならしゃあないなー。んじゃお達者で」


「待った!」


ちょろいもんや。





平安といえば聞こえはいいが、実際のところ戦が政争に変わっただけだ。にこやかに噂話に興じていても、裏じゃ何とか相手の弱みを探ろうと着物の柄から詠む歌の掛け詞にまで目を光らせ、耳をそばだてる。そしてあくまで自分の手は汚さず、罪をでっち上げるか擦りつけるか評判を落とすかして政敵を引きずり降ろす。それが貴族というものだ。


なんだが。


「あぁあああー!くしゅっ終わりだぁー!私はぶぇーっくしゅ、もう破滅だぁあああーっ」


「だ、大納言、落ち着いてくださいませ」


「よりによって、よりによって!帝、より賜った、ごほっ宝物を取られるとは!」


「申し訳ございませぬ、で、ですがっ御身には代えられません!」


「うるさいうるさいっくしゅっ、あれが手間賃だと!?げほ、そんなわけなかろうが!」


こうも目の前でぶちまけられると、反応に困る。狭霧様なら喜ぶんだろうけど。なんせ他人の不幸は手を叩いて喜ぶ方だし。


「わ、わかったぞ!っこほ、奴らめがくしゅっささ最近京を騒がせている賊だっ。間違いない!げほげほげほっ」


「あまり騒がれては御身に障りますっ」

「せっかく、ひぃっく、あの糞餓鬼をへこませたと思ったのに!ゔわあぁん!ぐやじー!」


狭霧様の代理で見舞い(という名の探り)、ということもあってか案外すんなり通されたものの、いつまでいい年こいたおっさんが泣き喚くのを見せられるんだろう。懸命におっさんをなだめていた内の一人と目が合う。


「あ」


「ども」


すっかり忘れてましたって顔だ。

地味ですいませんねえ。


「何やら大変なご様子、差し支えなければ事情をお話しいただけませんか?この草野、お役に立てるやもしれませんよ」


俺の想像が当たってたらだけど。







右京は人家もまばらの荒れ地だった。

それも下級役人か庶民の家だ。

とんでもないことに、中には農地も見られる。


「へぇ…話に聞くより寂れてるな」


「おかげさまで、わいみたいなんは助かっとるけどな。ここまでは検非違使もめったに来んし」


図々しくも横に並んで歩く鬼擬きが、頭の後ろで手を組んで答える。


とっとと別れるつもりだったけど、地理に詳しいならこのまま下男にするのも有りかもしれない。


草野には口で勝てないしな。ふふん、もう方向音痴だなんて言わせないぞ。


「なあお前、賊などやめて僕の下男にならないか?身分はなくとも衣食住くらいは保証するぞ」


「へーえそれはそれは。光栄やなぁ」


「だろう?なら早速父上に…げ、やば隠れろ」


曲がりかけた角を半歩下がって引っ込む。なんでこんな人気のないとこで隠れるのかって?曲がった先にお仲間がいるからだよ!


「どないしたん」


「貴族だ」


それも、まあまあ上流の。しかも珍しいことに牛車にも乗ってない。こんなとこに何の用だ。


「んー…何か誰かと話しとおよーやけど、こっからじゃよう聞こえんわ。知り合いなん?」


「いや、でもどっかで見たような…」


花山吹の狩衣姿が様になっている。ま、僕ほどじゃないけどな。


うーん、あれが直衣姿なら思い出せるんだが。


「じゃあ別に隠れんでもいいんちゃう?」


「馬鹿。見覚えあるからまずいんだろーが。僕は邸を抜け出してきたんだぞ」


あれがもし右大臣側なら、なおさらだ。


「しかたない、もう帰るか。おい、今度は僕の邸まで案内しろ。父上に口添えしてやる」


「あーあの下男にしちゃるっつー話か」


「ふふん、泣いて喜べよ。左の君の下男だぞ」


普通は賊(しかも鬼擬き)が貴族付きの下男になる事などまずない。ものすっごい出世である。さすが僕、なんて慈悲深いんだろう。


「でもな、」


突然ぐいっと手を引かれる。


「!?」


「ご褒美っちゅーことならこっちの方がええねんけど?」


目の前に八尺の高さから顔が降りてくる。後退ろうにも腰は丸太のような腕で固められて。





「へ、ちょ」


唇が触れようかというその時、鬼擬きの頭を矢がかすめた。毛が数本、いや数十本はらりと落ちる。じゅって音がしたぞ。じゅって。


「探しましたよ、狭霧様」











「で、今までどこで何してたんすか」


冷ややかな目で草野が見下ろしてくる。ま、まずい。ひっじょーにまずい。久々に本気で怒ってる。


「い、いやな、ちょっとそこまで」


「へー…京の端の端まで行っといて、ですか」


「…っ衣を取り返しに行っただけだろ!ちゃんと帰ってきたし」


尻すぼみになりながら、隣のでかい影にすすす、と隠れる。


「それにほらっ賊だって家来にしたんだぞ!」


その言葉に草野の視線が鬼擬きに移った。


「飼えませんよ、そんなでかいの。元いたとこに戻してきてください」


「わいは犬かいな!?」


「口を慎め。つーか狭霧様、いつまで引っ付いてるつもりですか」


べりっと引き剥がされ、草野に抱きかかえられる。僕は幼女か。


「とにかく、あんたはしばらく外出禁止。元服式も延期ですから」


「はあ!?なんで!?あんなに苦労したのに!」


「へのへのもへじ」


ぎくり。



「別にやり返すのは構いませんけど、香木や鏡まで騙しとるのはどうかと思いますよ。一応、あれでも大納言なんですから」



ば、ばれてる…。どうして。


「そりゃあ、従者ですから。狭霧様のやりそうな事はだいたい想像つきます」


「追いかけてこなかったくせに」


あの山の中で一人、どれだけ僕が心細かったと思ってるんだ。


「追いかけてほしかったんなら、手がかりくらい残しといてくださいよ。俺がどんだけ駆けずり回ったと思ってんですか」


はー…と抱きしめられる。


「…あんま心配させないでください」


「う、うん…」


いつもの眠たそうな目元にうっすら隈があるのを見つけて、こそばゆい気持ちになる。

いろいろ言いたい事はあったものの、背中を包む腕の生温さに、なんか、どうでもよくなってしまった。

ま、まあ、従者が主人第一なのは当たり前だし?特に照れる必要もないんだけど?

もう少し、こうしててもいいかなと思っていたらどこからか咳払いがした。


「ごほん、あのー結局わいはどうなるん?」


「「あ」」


すっかり忘れてた。









「駄目です」


「なんで」


「躾や世話なんて無理でしょ、使用人は怖がって近づかないだろうし」


「だから犬やあらへんって!」


案の定、反対された。

まあね、僕だって父上が突然見知らぬ奴を召抱えようとしたら反対する。

それが異形ならなおさらだ。

しかし、あきらめるわけにはいかない。


「地理には詳しいし、役に立つと思うんだ」


そう、こいつがいれば好きな時に好きな場所へ忍んで行けるのだ。

僕くらいの貴族ともなると外出だって気軽にできない。

供をつけろとか今日は方角が悪いとか、そんなのばっかりだ。

うるさいのは主に草野だけど。


「いざとなればこいつを盾にすればいいんだし」


「そんなふうに思てたん自分!?」


「…あそこで何してたんです?」


草野が鬼擬きを睨みつける。


「ええと」



おっと、思わぬ方に話がとんだ。


「言えないようなら、俺がこいつを検非違使に突き出しますよ」


「物見だって、ただの。まあ途中で鉢合わせしそうになって引き返すつもりだったんだ」


本音を言えば、もう少し探索したかった。あの貴族さえいなきゃな…逢引や会合なら相手か自分の邸を使えばいいのに。


「はあ?あんなとこで?物の怪でも見たんすか」


「んなわけないだろ。貴族だよ貴族」


草野が妙な顔をする。


「花山吹の狩衣姿で、まあまあの位だと思う。仮にもこの僕に見覚えがあるんだかし」


「…とりあえず、左大臣には報告しときます。が、そいつは駄目ですからね」


びしっと鬼擬きを指さして草野は行ってしまった。ちっ。


「あー…ほな、わいはそろそろ」


「ああ、そうだな。行くか」


ぼろっちい着物を掴んで歩き出す。


「ぐえっ」


「父上に直談判してやる」








「では、狭霧は無事なのだな」


「はい。まあ変なのを拾ってきてはいますけど」


ほんと狭霧様にも困ったもんだ。行方不明になるわ、拾いものはしてくるわ、余計なものまで見るわ。


「はは、よいよい。犬でも猫でも、あれの好きにさせい」


しかも、左大臣が全部許すもんだから手に負えない。


「しかしですね、」


「ま、どーおしても反対するのならお前が何とかすればよい。さて、話を戻そう。花山吹の…狩衣か」


「ですが本当かどうか。見間違いということもありますし」


そうであってほしい。心当たりがなくもないが、これ以上の面倒はごめんだ。


「ふむ…取り立てて騒ぐほどとも思えぬが、一応気にかけておこう。何者か分かったら知らせるように」

「なんせ手がかりが召物だけですからね、あんま期待せずに待っててください」


はい、報告終わり。さーて、あとは狭霧様の拾いものを追い出すだけか。


「それでは失」


退出を口にする直前、御簾がひるがえる。





「ちょっと待った」

「おおっ狭霧!」


げ、来た。


「父上、その花山吹。この狭霧が正体を突き止めてご覧にいれましょう」


立ち聞きなんて行儀が悪いとか言う前に、さっさと俺の隣に腰を下ろしやがる。なんでこう、おとなしく待ってられないのかね。


「してその心は?」


内心頭を抱えてる俺とは裏腹に、父親の嬉しそうなこと。お前の目は節穴か。


「見事どこの公達か突き止められたなら、鬼を一匹飼いたいのです」


「ほう、鬼とな。さすが我が息子、ただでは戻らぬわ。なーっはっはっは!」


まーた始まったよ、この親馬鹿が。

犬でも猫でもないのにいいのかよ。

しかし、これは使えるかもしれない。


「つまり、突き止められなければあきらめるっつーことですね」


てっきり怒るかと思ったら、にやりと笑みを向けられた。


「無理だって言いたいのか?ふふん、それはどうかな。まあ、弓矢の補給でもして待ってればいいさ」


そう言うやいなや、退出の口上もせずに去っていく。




「…そう上手くいきますかね」


「さあな。やる気あるだけ結構結構。分からぬところで、我が権勢は揺るがぬわ」













話を聞くなり、鬼擬きがけげんな目で見てくる。


「ええんか、外出禁止なんやろ」


「外出はな。なに、ちゃんと考えてあるさ」


僕を誰だと思ってるんだ。外に出られないなら、呼び寄せればいいだけのこと。幸い、手駒なら適任がいるしな。


「おい、あの香木まだ持ってるだろ」


「へ?あ、ああ、ここにあるけど」


んなこと聞いてどうすんだと言わんばかりの間抜け面に、一番かわいく見える角度で微笑んでやる。


「薫物合わせを催すぞ」








「この度は、このような雅な場に呼んでいただき」


ひくひくと口端が引きつるのが分かる。


「大納言、そうかしこまらなくて結構。どうぞ楽にしてください。こちらこそ病み上がりにお呼びたてしてしまって…少しでも気晴らしになれば、と思ったのですが」


糞餓鬼がしおらしく言う。

ぬぁにが気晴らしだ、『よい香木が手に入ったので、ぜひ聞きにいらしてください』なんてこれ見よがしに文を寄こしたくせに。

くっそーこんな奴の手に渡るなら、あのまま賊にくれてやった方がまだましだったわ。

とにかく、今は我慢だ。


「それはそれは、左の君に気にかけていただけるとは光栄ですな」


飾られている香木に目線を送る。

待ってておくれ、必ず取り戻してやるからな。


「では始めることにいたしましょう」


まずい。香木は少しずつ削り出し、その香りを楽しむ。このままでは家宝が餓鬼の暇つぶしで削られてしまう。


「うぉっほん。その前に、いかがでしょう?まずは香木そのものを愛でるというのは」


「ほう、それもまた風流ですね。さすが大納言殿」


「いえいえ」


なるべく引き延ばすんだ。そうすれば飽きっぽい左の君のこと、別のものに興味が移るに違いない。


だいたいこやつに妙なる香が理解できるとは思えんしな。どうせ今回の薫物合わせだって、単なる自慢だろ。



「ほんに見事な香木ですなぁ、左の君もお目が高い。さぞ値も張ったことでしょう」


「それがそうでもないのですよ。うちに妙な二人組が来ましてね、安く買ってくれと言うんですよ。まあ騙されるのも一興と思いまして」


な、なんと。


「き、奇遇ですなぁ。私は反対に、先日妙な二人組から香木や鏡を騙し取られまして」


「!まことですか…もしやこの香木こそがその品なのでは?」


お?なんだ、あっさり認めたではないか。

本当に気づいていなかったのか。


「うーむ、私もだんだんそんな気がして参りました」


これは、もしかしたら素直に返してくれるやもしれんぞ。


「もしそうなら、大納言殿にお返ししなければなりませんね」


おお、意外と話が分かるではないか。こりゃ少しは衣の件が効いたかな。


「願ってもない話です、謝礼はいかほど…?」


「そんな、謝礼だなんて。大納言殿相手にむくつけきことは申しませんよ」



よし、よぉーし!つまり、ただで返すってことだな!?そうなんだな!?

その場で小躍りしたい気持ちをぐっと抑え込む。

いかんいかん、子どもじゃあるまいし。

しかし、そこは京でも評判の糞餓鬼。

すんなりとはいかなんだ。


「ただし、その代わり私の遊びにつきあっていただきましょう」


「え」


にっこり花が咲いたような笑顔で続けられる。


「なあに、簡単なことですよ。花山吹の君を探していただきたいのです」









丁寧に大納言を見送る。

なんだか車に乗る時ふらついてたが、きっと僕の役に立てる喜びで胸がいっぱいなんだろう。

大事な香木も返ってきたしな。

いやーやっぱ善行するもんだ。


「なあ、あのおっさんに任せて大丈夫なんか?」


物陰に控えさせてた鬼擬きがのそっと出てきた。せっかくの香木を返してしまったのが不満らしい。欲ばるなよ、鏡もあるだろ。こーいう時のために余分にぶん取ったんだ。


「まあ見てるんだな。なんせ中流から十数年かけて殿上人になったんだ、あれでも僕より顔は広い。本気になれば数日もかからないさ」


「そうかぁ?」


「それよりお前にもやってほしいことがあるんだ」


仮にも左の君の下男候補なんだ。たーだ雑用させるだけじゃつまらない。

な?鬼擬き。






続く

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